原曲を超えることができない

安部 ちなみに細野さん、もうロックはやらないんですか?

細野 そんなことはないけど。って言うか、ロカビリーが好きだから今回もロカビリーっぽいのはやっていて。原曲を聴くといまだに興奮するんだよ。DISC 1の「Susie-Q」の原曲を聴いてみてほしいんだけど、「なんだこの音?」って思うと思うよ。あれを超えることができない。機材とかスタジオとか、いろんな意味でね。今と昔は違うから、再現できない。

安部 そういうとき、「海外で録っちゃおう」と思ったりは?

細野 海外も同じだよ、状況は。ただ優れたエンジニアやプロデューサーはいる。そういう人はすごいよね。今回作って自分で全部やるのに疲れたから、今度はそういう名プロデューサーを立てて任してしまおうと思っているくらい。

安部 録音、演奏、ミックスを自分でやるとなると、体が足りないですよね。

細野 もうね、作業が終わって、身長が縮んだような気がする。2cmくらい縮んだんじゃないかな(笑)。

安部 (笑)。エンジニアについての話なんですけど、ライブでもレコーディングでも、「なんでこういう音になるんだろう」って思うことがあって。「専門学校出たんでしょ? 何を教わったの?」とか。ライブハウスでやっていても「なんでこんなに耳が痛い音を出すんだろう?」「出していないだろう、こんな音は!」って。

安部勇磨

細野 理屈で勉強しているんでしょうかね。

安部 なんか言うと「波形がどうの……」って言われたりして。

細野 ああ、こっちは逆だもんね。理屈を知らないで、聴いただけでやっている。

安部 そうそう、そうなんです。やっぱり細野さんもそう思うことがあるんですね。

細野 うん。エンジニア、やっぱりアメリカはすごいよ。イギリスもすごいけど。日本では出せない音を出しているから。エンジニアの人はそういう所に行って勉強してきてほしいんだよね。

安部 海外のサウンドが日本で出せない明確な理由ってあるんでしょうかね。エンジニアの知識の問題なのか、湿気とか空気とか電圧とかそういったもののせいなのか。

細野 それ、僕もずっと考えている。昔ロサンゼルスではっぴいえんどのレコーディングをしていたとき、大瀧詠一とも「なんでこんなに違うんだ」と話した。ロサンゼルスは、音の速度が速い。スピーカーから耳に届くまでのね。「空気が乾燥しているからかな?」とか考えちゃう。日本だと、何割か地面に吸い込まれちゃっているような気がするんだよ。「磁場が関係あるのかな?」「ボルトが違うのが関係あるんじゃないのか」とか話していたけど、いまだにそれはわからない。

安部 そうなんですね。

細野 話はどんどん広がっちゃうんだけど、10年以上前にブリトニー・スピアーズの「I'm a Slave 4 U」って曲があって。The Neptunesっていう、ファレル・ウィリアムスとかがいたプロデュースユニットの曲で、これがすごい音だったの。シンプルで優れた楽曲なんだけど。それでね、その当時の僕の車、いい音していたんです。その車で「I’m a Slave 4 U」を聴いていると、レベルがまあすごい。音圧が高いわけ。なのに歪まない。それが日本には全然なかった音だったんです。レベルを稼ぐって意味では最近日本でも似たようなことをやっているけど。そういうプラグインもあったりしてね。でもね、そういうのってすごいうるさい。うるさいミックスが多いわけよ。でもブリトニーのミックスはちょっと違うの。低域の成分が豊かなのに、実はそんなに出ていないっていう。日本のエンジニアにもそういうノウハウを勉強してほしいんだよね。

──「いい音楽は、音量を上げてもうるさくならない」って、以前どこかで細野さんがおっしゃっていたのを覚えていて、それから音楽の聴き方が変わりました。

細野 そう、うるさくならないんだよ。一方で、うるさい音楽っていくらボリュームを絞ってもうるさいんだよね。

安部 すっごくよくわかります。

──それで言うと、今回の作品はボリュームをどんどんと上げていきたくなるサウンドだと思いました。しかも小さな音で聴いても、ダイナミックなバンドの魅力がしっかりと保たれていますし。

細野 まあそれはね、小鐵(徹)さんっていうマスタリングの名人がいますから。小鐵さんが最後のところでOKを出せば安心なんですよ。でも小鐵さんが首をかしげるやつはやっぱり問題がある。それでミックスをやり直したりして。毎回そうなんですけど、やっぱりノウハウは蓄積できないね。いつも使うプラグインエフェクトとか、プラグインの設定とかはなんとなくあるんだよ。でもそれを「あれがよかったから今度もこれ」ってやると、やっぱり違ったりするわけ。毎回同じようにはできない。

安部 細野さんでもそういうことってあるんですね。

細野 だから面白い。そう言えば、さっき昔の車の音がすごくよかったって言ったけど、当時、J-WAVEとかのFM放送でアメリカの音楽がいっぱい流れていたの。そのときの低音が忘れられなくて。FMミックスって言うのかな。アメリカではFMラジオ用のミックスってのがある。よく覚えていないけど、その低域の処理の仕方って、倍音をうまく操作して、本当の重低域じゃないのに低域が聴こえるようにするっていう。それをやりたいんだけど、日本のエンジニアにはそのノウハウがない。あと、当時の車のCLARIONっていうカーステレオメーカーのブースターがよかったんだ。「あ、この周波数だ」ってところを上げてくれる。そのアンプを取り外しておけばよかったものを、そのまんま廃車にしちゃったんで、謎になっちゃった。あのCLARIONのアンプが欲しい(笑)。

安部 あははは(笑)。

細野 僕はいつも作った曲を車でチェックしているんだけど、今乗っている車の音が最悪なの。カーステレオって、重低音をブーストする機能が付いているでしょ? でも機種によってブーストする周波数が違うんだよ。センスのない周波数を選んでいる機種もあるわけ。それで上げるとひどい音になる。

安部 僕も車でチェックします。

細野 前なんか、自分で作ったカントリーを車で爆音で聴いていたんだよ。コンビニの前に止めて夜中聴いていたら、警官が来て。通報されたの(笑)。今回も自分の車でチェックしていたんです。明け方の4時くらいに。もちろんドアは閉めているけど、でっかくしないとチェックできないので、すごい漏れているんだよ。そうしたら家から孫が出て来て、「近所迷惑だからやめてくれ」って怒られちゃった。孫に怒られるのが初めてだったからショックで。しょぼんとしちゃったよ。

安部 細野さんでもお孫さんに怒られるんですね(笑)。

細野 うん。傷付くよ(笑)。

左から安部勇磨、細野晴臣。
細野晴臣「Vu Jà Dé」
2017年11月8日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
細野晴臣「Vu Jà Dé」

[CD2枚組]
3564円
VICL-64872~3

Amazon.co.jp

DISC 1「Eight Beat Combo」
  1. Tutti Frutti
  2. Ain't Nobody Here But Us Chickens
  3. Susie-Q
  4. Angel On My Shoulder
  5. More Than I Can Say
  6. A Cheat
  7. 29 Ways
  8. El Negro Zumbon(Anna)
DISC 2「Essay」
  1. 洲崎パラダイス
  2. 寝ても覚めてもブギウギ ~Vu Jà Dé ver.~
  3. ユリイカ 1
  4. 天気雨にハミングを
  5. 2355氏、帰る
  6. Neko Boogie ~Vu Jà Dé ver.~
  7. 悲しみのラッキースター~Vu Jà Dé ver.~
  8. ユリイカ 2
  9. Mochican ~Vu Jà Dé ver.~
  10. Pecora
  11. Retort ~Vu Jà Dé ver.~
  12. Oblio
細野晴臣(ホソノハルオミ)
1947年生まれ、東京出身の音楽家。エイプリル・フールのベーシストとしてデビューし、1970年に大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成する。1973年よりソロ活動を開始。同時に林立夫、松任谷正隆らとティン・パン・アレーを始動させ、荒井由実などさまざなアーティストのプロデュースも行う。1978年に高橋幸宏、坂本龍一とイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を結成し、松田聖子や山下久美子らへの楽曲提供を手掛けプロデューサー / レーベル主宰者としても活躍する。YMO「散開」後は、ワールドミュージック、アンビエントミュージックを探求しつつ、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。2016年には、沖田修一監督映画「モヒカン故郷に帰る」の主題歌として新曲「MOHICAN」を書き下ろした。2017年11月に6年半ぶりとなるアルバム「Vu Jà Dé」をリリースし、同月よりレコ発ツアーを行う。
細野晴臣 アルバムリリース記念ツアー
  • 2017年11月11日(土)岩手県 岩手県公会堂 大ホール
  • 2017年11月15日(水)東京都 中野サンプラザホール
  • 2017年11月21日(火)高知県 高知県立美術館ホール
  • 2017年11月23日(木・祝)福岡県 都久志会館
  • 2017年11月30日(木)大阪府 NHK大阪ホール
  • 2017年12月8日(金)北海道 札幌市教育文化会館 大ホール
never young beach(ネバーヤングビーチ)
never young beach
安部勇磨(Vo, G)、松島皓(G)、阿南智史(G)、巽啓伍(B)、鈴木健人(Dr)からなる5人組バンド。2014年春に安部と松島の宅録ユニットとして始動し、同年9月に現体制となる。2015年5月に1stアルバム「YASHINOKI HOUSE」を発表し、7月には「FUJI ROCK FESTIVAL '15」に初出演する。2016年には2ndアルバム「fam fam」をリリースし、さまざまなフェスやライブイベントに参加。2017年7月にSPEEDSTAR RECORDSよりメジャーデビューアルバム「A GOOD TIME」を発表した。

2017年11月20日更新