ナタリー PowerPush - 星野源

自分なりのJ-POPチューン「夢の外へ」

焦らないフリをする

──「彼方」の制作スケジュールも、かなりギリギリだったそうですね。「夢の外へ」のビデオクリップの撮影中に作ってたという……。

あ、そうです(笑)。撮影の次の次の日がレコーディングだったから、ごはん休憩のときに曲を作ってました。その日に曲の初めのほうができて、次の日に仕上げて、その次の日にレコーディングして。

──そんなギリギリのスケジュールで動いているとは恐ろしい(笑)。そういうとき、焦ったりしないんですか?

焦らないようにしてます。焦らないフリをするというか、「まあ大丈夫でしょ」って自分に言う(笑)。4曲目の「電波塔(House ver.)」もマスタリングの1時間前に曲ができたんですよ。自分の部屋で宅録してたんですけど、夜の9時くらいから作りはじめて、録りながらアレンジと歌詞を考えて、ミックスの途中で1回気絶して。起きたときは、マスタリング開始まで数時間だったんですけど、「まあ、大丈夫でしょ」って思いながらラーメン作ったりとかして。

──余裕を見せて(笑)。

そうそう。あと、ちゃんとやるんだけど、最悪、締め切りを延ばしてもらうという考えも持つようにするとか(笑)。そうすると意外とできる。

──「House ver.(自宅録音)」もシングルの恒例になってますよね。

そうですね。だんだんシンプルな弾き語りを録るみたいな企画になってきてたんですけど、元々はちゃんと宅録をやりたかったんですよ。今回はそこに戻って、ちゃんと打ち込みみたいなことをやりたいな、と。でも、打ち込みの技術がないから、ぜんぶ自分で演奏してるんですけどね。バスドラの代わりに机を叩いて、スネアの代わりに手拍子して。僕が6人くらいで演奏してます(笑)。

──「電波塔」のモチーフになってるのは、東京タワーだとか。

曲を作ってるときに「錆びた鉄が」というサビのフレーズが出てきたんですよ。でも、鉄で歌詞書くの、めんどくせーって思ったんだけど(笑)、どこかで東京タワーの鉄骨には戦車の鉄が使われているっていう話を聞いて、調べてみたらホントにそうみたいで。それが面白いし切ないし、いろんな気持ちになるなって。

──東京タワー自体、スカイツリーのオープンで今は切ない状況に置かれてますからね。

でも、余計に価値が高まってる気もするんですよね。オブジェ的な価値というか(笑)。手作り感がある。スカイツリーが開業した日、大雨だったじゃないですか。「展望台から何も見えません」ってニュースでもやってましたけど、あのときにノッポンっていう東京タワーのキャラクターがメッセージを送ってたんですよね。「大丈夫、うちも初日は雨だった。」って書いたボードを持ってるっていう。東京タワーも最初の日は雨だったみたいで。

──へえ。

「懐、深いぜ」って感じですよね(笑)。敵対してないところもいいなって。余計東京タワーが好きになりました。

「人生、1回だな」ってすごく思う

──今回もシングル恒例ともいえるDVDが初回限定盤に付いてまして。「夢の外へ」のPVと全国ツアーの映像、レコーディング、ビデオ撮影のドキュメント番組など、約70分におよぶ豪華な内容になっています。星野さん、DVD作るの好きですよね?

はい、大好きです(笑)。僕、iTunesとか配信をやらないようにしてて。ちゃんとCDを手に取ってもらいたいんですよね。シングルは売れないって言われてますけど、シングルでしかできないことってあると思うんです。カップリングの曲で実験してみたり、面白い映像を作って、DVDを付けたり。音楽のDVDを買うのって、かなりハードル高いじゃないですか。だったら、シングルを買ってくれた人に観てもらえばいいじゃんって。ライブ映像もPVも、いろんな人に観てほしいですからね。

──そのためには労力を惜しまない、と。

いろんな意見があると思いますけど、面白かったらいいんじゃないって。自分も面白がれて、買う人も損をしないのであれば、どんどんやりたいですね。それもやっぱり、金がないとき、がんばってCDを買ってた自分が関係してると思うんですよ。シングルって、買った甲斐を感じづらかったんですよね。2曲で1000円? ふざけるな!って(笑)。

──執念深いですねえ、その頃の星野さんは。

貧乏性なんですよ、多分(笑)。だから実際に買ってくれた人には、ちゃんとサービスしたいと思うんです。わざわざCDを買うって、結構大変じゃないですか。エネルギーを使ってもらった分、しっかり楽しんでほしいんですよね。通常盤も同じです。新曲が4曲も入ってるし、ブックレットもちゃんと作ってますよって。

──めちゃくちゃ真っ当というか、モノを作る人として、本当に素晴らしい姿勢だと思います。ところで、「夢の外へ」を作ったことで、星野さん自身もさらに明るい場所に到着できたんじゃないですか?

うーん……。わりと落ち着いてる気持ちなんですよね。「絶好調だぜ」みたいな感じもあるんだけど、「エピソード」の頃を忘れたわけではなくて。あのときに叩き込まれたものがあるんですよ、やっぱり。生と死で言えば、死を叩き込まれたというか。だからこそ、どれだけ“生”のほうに行っても大丈夫な気がする。地に足を着けていられるというか。あとね、「人生、1回だな」ってすごく思うんです、最近。楽しまなくちゃ損だぞって屈託なく思えるようになった。

──人生には限りがある、というのは数少ない真実のひとつですからね。

うん。人に迷惑がかからないことであれば、どんどんやったほうがいいなって。だって、もうすぐ死ぬぜ、っていう。どんなにうまくいっても、あと何十年で死んで、無になるぜって。だから、これからもいろいろやりたいです。

星野源

ニューシングル「夢の外へ」 / 2012年7月4日発売 / SPEEDSTAR RECORDS

収録曲
  1. 夢の外へ
  2. パロディ
  3. 彼方
  4. 電波塔(House ver.)
初回限定盤 DVD収録内容
  1. 「夢の外への中へ」(監督:山岸聖太)
  2. Music Video「夢の外へ」(監督:山口保幸)
  3. Live『星野源の全国ツアー「エピソード2以降」』
  4. レコーディング&Music Videoメイキングなど

星野源(ほしのげん)

1981年1月28日埼玉県生まれのシンガーソングライター、俳優。代表的な出演作はテレビドラマ「11人もいる!」「ゲゲゲの女房」など。2000年には自身が中心となりインストバンドSAKEROCKを結成。2005年に自主制作CD-Rで初のソロ作品「ばかのうた」を制作し、2007年にはこの作品をベースにしたCDフォトブック「ばらばら」を発売。2010年に1stアルバム「ばかのうた」をリリース。翌2011年には2ndフルアルバム「エピソード」を発表し好評を博す。2012年2月には3rdシングル「フィルム」を、同年7月に資生堂「アネッサ」のCMソング「夢の外へ」をシングルリリース。J-WAVE「RADIPEDIA」では月曜日のナビゲーターを担当している。