kemu / 堀江晶太|ボカロP、コンポーザー、バンドマン いち音楽家のあくなき表現欲求

kemuの歌詞は空想の世界をテーマにしたフィクション

──作詞においても、KEMU VOXXとPENGUIN RESEARCHでは違いがありますよね?

KEMU VOXX

はい。KEMU VOXXは、一貫して空想の世界をテーマにしてるんです。それで、毎回メンバー同士で相談してモチーフを決めるんですけど、今回は動画担当のke-sanβさんが「ドッペルゲンガーとかどう?」って言ってくれたんで、「ああ、それでいこう」って。

──楽曲制作は堀江さんお一人で行うのではなく、共同作業的な部分もあるんですね。

クレジットで言う作詞、作曲は僕がやっているんですけど、楽曲の方向性だとか、歌詞のストーリーみたいな大枠の部分はみんなでわいわい話しながら決めていく感じですね。

──「拝啓ドッペルゲンガー」の歌詞は、ざっくり言うとドッペルゲンガーに自分を乗っ取られちゃう話ですよね。その発想はどこから?

基本的に、kemuの歌詞は完全にフィクションなんですよ。だから他意もないし、現実の自分の心情を表すものでもないんです。もちろん、無意識に自分を投影してる部分はあるかもしれないんですけど。で、「拝啓ドッペルゲンガー」の詞は、もし自分が分身の側だったら、分身のままで終わりたくないだろうなって思ったので、そこを起点に。KEMU VOXXでは、僕は毎回歌詞のあらすじというか、プロット案みたいなものを何パターンか書いて、メンバーに見せて、一番ウケがよかった案を練り上げる感じで作詞してるんです。

──短編小説を書くように。

そうそう。僕、星新一さんのショートショートが大好きで。ああいう読み切り型の、謎を残したままパッて終わるような掌編にはかなり影響を受けてますし、歌詞ではそういう作風を意識していますね。

PENGUIN RESEARCHでは現実を生きている人間を書きたい

──一方、PENGUIN RESEARCHでは、個人的な体験なども歌詞にしているとおっしゃっていましたね。

そう。KEMU VOXXがフィクションなら、PENGUIN RESEARCHでは現実の、今ここで生きてる人間のことを書こうと思ってて。だからそこは自分の中で明確に線引きしてますね。ただ「敗北の少年」だけは例外というか、KEMU VOXXの曲の中で異質だったんですよ。つまりこの曲は、フィクションであるSFの世界を拒否した人の話で、僕としては現実の人間の世界に寄った歌詞だったんです。だからPENGUIN RESEARCHでセルフカバー(2016年3月リリースの1stミニアルバム「WILL」収録)できたんですよね。

──「敗北の少年」が歌詞的に異質ということであれば、サウンド的に異質なのが「地球最後の告白を」ではないかと。つまり、この曲だけ明らかにポップス志向で、のちのPENGUIN RESEARCHの「スポットライト」や「ボタン」につながってくるラインですよね。

うんうん。「地球最後の告白を」は、通算5曲目になるんですけど、唯一メンバー間で迷いがあった曲なんです。KEMU VOXXでは最初に投稿した「人生リセットボタン」から4曲続けて悪そうな、マイナー調のちょっとダークな曲をやってて、それがウケてたんですね。だけど、それからメンバー間で「そろそろヒットを狙わなくてもいいんじゃないか。あまり考えずに好きな曲を作ろう」って話になって。それで作ったのが「地球最後の告白を」で、「これでいくの? いくらなんでもポップすぎない?」みたいな意見もあったんですけど、出してよかったなと。

ライブの反応はめちゃくちゃいい……と聞いている

──KEMU VOXXとしての今後の展開は? 何かしらビジョンはありますか?

今ちょうどそれを相談してる最中で、全然決まってないんですけど、もともとKEMU VOXXではそんな頻繁に活動していなかったというか、数カ月に1回、思い出したように投稿してた感じなんですよね。僕らの曲って、アレンジを含めて作るのにものすごく時間かかるから。そもそも、僕自身は今回「どーん! kemu復活!」みたいにはあんまり思ってなくて、もっと言うと、別に「敗北の少年」で引退したつもりもなくて、ちょっと時間をおいて戻ってきたくらいの感覚なんです。なので、またすぐ出すかもしれないし……。

──出さないかもしれない?

気まぐれって言ったら変ですけど、KEMU VOXXはそういうものなのかなって思ってるので、今は「そのときが来たらまた作ります」とだけしか言えないですね。いずれにせよ、僕は今、バンド活動が一番したいんで、それ次第というところもあります。

──先ほどちょっと触れましたが、PENGUIN RESEARCHはアルバム「敗者復活戦自由形」である種吹っ切れた新曲を披露したわけですが、それらのライブでの反応っていかがですか?

kemu / 堀江晶太

めちゃくちゃいいですね。もう、ライブの熱量が格段に上がったのは明確で。それは僕がそう感じてるというよりは、観に来てくれた人たちや関係者、スタッフさん、僕以外のメンバーが、そういう感想を言ってくれているから。僕、なんでもそうなんですよ。基本的に、自分が見たものはあんまり信用してなくて、常に半信半疑というか、周りの意見で判断したい人間なんです。それも1人じゃなくてたくさんの人に聞いて、その意見の中間を取る感じで。

──客観性を大事にしているんですね。

やっぱり、僕はライブしてる側の人間だから、絶対に主観が入っちゃうじゃないですか。自分が盛り上がってればライブも盛り上がってるように感じちゃうと思うし。でも、終わったあとにみんなの話を聞いたり映像を観たりして、しっかり前に進んでるなって感じてます。今はすごくいいんじゃないかな。

──その「すごくいい」状態で、8月20日に東京・赤坂BLITZのワンマンに臨まれると。チケットもソールドアウトしましたしね。

おかげさまで。体が鈍らないように定期的にリハに入ってるし、メンバーともスタッフさんともちゃんと意思疎通できてるので、間違いなくいいライブになると自信を持って言えます。

kemu / 堀江晶太(ケム / ホリエショウタ)
5月31日生まれ、岐阜県出身。10代の頃より作編曲家として活動し、上京後に音楽制作会社に入社する。2011年にボカロP・kemuとして、イラストレーターのハツ子、動画クリエイターのke-sanβ、アドバイザーのスズムからなるKEMU VOXXを結成し、動画共有サイトに楽曲を投稿。いずれも大きな反響を呼ぶ。2013年に独立して以降は、LiSA、ベイビーレイズJAPAN、茅原実里、田所あずさらに楽曲を提供。アレンジャー、コンポーザーとしての地位を確立させる。PENGUIN RESEARCHのベーシストとして、2016年1月にシングル「ジョーカーに宜しく」でメジャーデビューしバンドマンとしても精力的に活動中。