ヒトリエ|3人で進み出した今振り返る、wowakaが遺した音楽の魅力

ヒトリエの2枚組ベストアルバム「4」が8月19日にリリースされた。

ヒトリエは2019年4月にリーダーのwowaka(Vo, G)が急逝。同年9月からの全国ツアー以降、シノダ(G, Cho)、イガラシ(B)、ゆーまお(Dr)の3人体制での活動を本格化させた。今回発売されたベストアルバムはインディーズ時代の楽曲から最新アルバム「HOWLS」収録曲までの27曲、さらにwowakaのボーカロイド楽曲の代表曲「ローリンガール」のライブ音源も含めた2枚組の作品で、2012年から2019年までのバンドの軌跡と音楽的な進化の過程が生々しく刻まれている。

音楽ナタリーでは「4」の発売を記念しシノダ、イガラシ、ゆーまおにインタビュー。「4」の制作にまつわるエピソードを軸にしながら、ヒトリエの魅力、wowakaの音楽的才能や人柄、そして今後の活動のビジョンなどについて語ってもらった。また特集後半にはヒトリエとゆかりの深い著名人のセレクトによる思い入れのある楽曲のプレイリスト、そしてヒトリエに寄せたコメントを掲載している。

取材・文 / 森朋之

wowakaが作った曲を人間が演奏するところから始まった

──初のベストアルバム「4」、じっくり聴かせていただきました。ヒトリエの軌跡、そして、wowakaさんが作ってきた楽曲の素晴らしさを改めて体感できる作品だと思いますが、まず、ベストアルバムを制作した理由について聞かせてもらえますか?

イガラシ(B) 改めて今一度、4人で作ってきた音楽に触れてほしいという純粋な思いですね。

ゆーまお(Dr)

ゆーまお(Dr) これまでヒトリエの音楽を聴いてきた人たち、これからヒトリエを知る人たちを含めて、全員に自分たちの思いを伝えたいという気持ちもありました。ベストアルバムのリリースより先に3人でライブを始めたんですけど、広い範囲の人たちに聴いてもらうために、ベストアルバムという形にするのがわかりやすいかなと。

シノダ(G, Cho) 「4」というタイトルは僕が考えました。みんなでメシ食ってるときに「タイトルは何にする?」という話になって、フッと浮かんだのがこれで。「これ以外はないな」という感じでしたね。選曲はみんなで話し合いながら、「これは外せないだろう」という曲を中心にして。ゆーまおが言ったように、これからヒトリエの音楽に出会う人のことも意識しました。

──メンバーの皆さんにとっても改めてヒトリエの楽曲を振り返る機会になったと思いますが、ベストアルバムの制作を通して、どんなことを感じましたか?

イガラシ ヒトリエはwowakaが中心となって生まれたバンドで。wowakaが1人で作ってきた曲をバンドとして、人間が演奏するというところから始まったんです。「こんなの弾けるのかよ?」という複雑な曲もあるんだけど(笑)、「どれだけ自分たちの体で表現できるか」ということを突き詰めて。ベストアルバムの曲はリリース順に並んでいるので、その変化が感じられるんですよね。

──曲を積み重ねるにつれて肉体性を帯びて、名実ともにバンドになっていくというか。

イガラシ そうですね。初期の頃の試行錯誤、その中で生まれてきた表現を経て、DISC 2の最後のほうになると、また違う世界が見えてくるというか。ストレートで素直な表現が増えたし、wowakaの歌詞にも直接的な言葉がどんどん出てくるようになって。もともとオリジナリティはあったんですけど、活動の中でさらにいろいろなものを獲得してきたんだなと感じました。

ゆーまお これは人から言われてハッと気づいたことでもあるんですけど、DISC 1とDISC 2では、確実にフェーズが違っていて。DISC 1はwowakaの中の世界観を表現した曲が多い印象で、DISC 2のほうは他者を意識した表現になっているというか。制作におけるメンバー間のやりとりの仕方も時期によって違うんですよね。最初の頃は言葉でやりとりすることが多かったんだけど、少しずつ言葉がなくても曲を形作れるようになってきて。それに伴って、歌詞の内容も外に向けたものが多くなったんじゃないかなと。イガラシが言ったように、DISC 2の最後のほうに入っている曲を聴くと、“その先”に進んでる感じもある。ヒトリエの音楽性、メッセージ性もそうだし、すべてにおいて新たな志向や実験が含まれているというか。時系列順に並べたことで、ヒトリエのベストアルバムとしてうまくパッケージできた印象があるし、今もヒトリエが歩き続けていることが明確に表されていると思います。

wowakaは「これが気持ちいいんだから、やるしかない」人間

──シノダさんもやはり、このベストアルバムにはヒトリエの変遷が表れていると感じていますか?

シノダ それは感じざるを得ないですね、自分たちがやってきたことなので。なんて言うか、楽曲制作のときの風通しが少しずつよくなってきたんですよ。人間関係というよりも、4人の“音楽関係”がよくなってきて。その過程もベストを通して見えたらいいなと思います。

──“音楽関係”がよくなってきたのはいつ頃でしょう?

シノダ たぶん、「ai/SOlate」(2017年12月リリースのミニアルバム)を作っていた頃かな。ずっと必死こいて作ってはいるんだけど、最初の頃は細かいことで悩むことが多かったんですよ。制作のたびに「ホントにこれでいいんだろうか?」「ちゃんとカッコいいギターが録れてるんだろうか?」と。「ai/SOlate」あたりからそれがどんどん減ってきて、「HOWLS」(2019年2月リリースの4thアルバム)はすごくフランクに制作できた。肩の力が抜けている分、邪念や雑念も入ってこなかったんですよね。

──なるほど。このベストを聴くと「本当にオリジナリティのあるバンドだな」と再認識させられます。ヒトリエの音楽的な特徴、wowakaさんが作る楽曲の独創性は、どんなところにあると思いますか?

イガラシ(B)

イガラシ 少し語弊があるかもしれないけど、wowakaは体感的に一番気持ちいいと感じることを突き詰めていたと思っていて。速いテンポの曲にも細かいフレーズがたくさん入ってたりしますけど、それも「このほうがカッコよくない?」って無邪気にやってたんじゃないかなと。歌詞もそう。本人もインタビューなどでよく言ってましたけど、本来の言葉の意味よりも、言葉が耳に入ってきた瞬間の音そのものが持つ意味、というものを重視していて。そういう制作のスタンスは、wowakaの人間的な部分、モノの考え方や生き方と結びついてたんですよね。意識してそういう曲を作っていたんじゃなくて、「これが気持ちいいんだから、やるしかない」という印象があったので。

──音楽的な快楽に向かって、躊躇なく突き進むというか。

イガラシ それもあるし、その感覚に対して敏感で、逃さないんですよね。「ここは譲れない」「これはなくしちゃダメ」ということを具体的に考えているんだな、と近くにいて感じることが多かったので。音楽以外のこともそうなんですよ。wowakaはある時期料理にハマってたんですけど、すぐうまくなって。大事な要素を捉えて、「ここにこれを加えたら、こうなる」ということをつかむのが上手なんですよ。器用というわけではなくて、「ここがおいしい部分だ」ということに対するセンサーが鋭いというのかな。

ゆーまお wowakaの曲の特徴は、圧倒的な情報量だと思います。今回「センスレス・ワンダー」の歌詞が印刷されたものを見て、改めてビックリしました。ものすごい容量が搭載されていて、それが押し迫ってくる感覚があるんですよね。それは楽曲を作っているときの印象と同じだし、彼の持っている武器の1つだなと。あと、「ai/SOlate」のときから音が見違えるほどよくなったんですよ。ミックス、マスタリングを含めて、wowakaがエンジニアさんとマンツーマンで時間をかけて取り組んで。音作りに関して、そのときのトレンドを吸収したいという意思を感じました。たぶん彼自身も「新しい音をこの手につかんでいる」という感覚があったと思うし、そういうときにすごい集中力を発揮するんですよね。さっきイガラシも言ってましたけど、決して器用というわけではないし、曲を作るのが速いということもなかったんです。でも、しっかり時間をかけて1つのことに取り組んで、しっかり形にするんですよ。プラモデルを完成させるみたいに、小さいパーツを拾い上げて、組み立てている感覚だったんじゃないかなと。

──wowakaさんの頭の中には明確なビジョンがあって、そこに向かって必要な部品を集め、構築していたと。

イガラシ そうですね。例えばパズルをやっていて、ピースが埋まってなくても、マス目は見えるじゃないですか。本人がどう思っていたかはわからないけど、曲を作ってるときはそういう状態だったんじゃないかな。

──ギターのフレーズも緻密に構築されていますが、そこに関してはシノダさんはどう思っていますか?

シノダ ギターに関しては、僕とwowakaのせめぎ合いでしたね。メンバーの中で唯一楽器がかぶっていたし、あいつにはあいつのギターの美学、僕には僕の美学があって、それがぶつかり合うといいますか。彼が作ったフレーズをトレースして弾くこともあったし、僕が「もっといいフレーズがあるぞ」と提示したものに対して、wowakaに「それはダメだ」と言われたり。逆に「そのフレーズのほうがいいですね」と言わせたら、「勝ったな」っていう(笑)。だいぶシビアな関係でしたけど、ぶつかり合ったり、理解し合えたりという感じで、どんどん高みを目指してきた結果が、ベストに入っている数十曲分のギターなんですよね。