ナタリー PowerPush - EGO-WRAPPIN'

「steal a person's heart」ができるまで

EGO-WRAPPIN'の8thアルバム「steal a person's heart」が本日4月10日にリリースされた。前作「ないものねだりのデッドヒート」から約2年半ぶりに完成したこのアルバムには、EGO-WRAPPIN'のさまざまな表情が感じられる11曲を収録。現代美術家の大竹伸朗が作詞を手がけた「女根の月」や、すでにライブで演奏され好評を得ているバラード「水中の光」を収めるなど多くのトピックを備えている。

今回ナタリーでは、本作の完成を記念して中納良恵(Vo)と森雅樹(G)の2人にインタビューを実施。話はこれまであまり語られることのなかった2人のアルバム制作の方法から、大竹伸朗とのコラボが実現した経緯、アルバム完成後の心境などまで多岐に及んだ。

取材・文 / 加藤一陽 インタビュー撮影 / 佐藤類

「水中の光」を聴いて、アルバムはこのラインだと思った

──前作「ないものねだりのデッドヒート」から約2年半ぶりのアルバムになりました。本作の制作はいつ頃から始めたのですか?

写真左から中納良恵(Vo)、森雅樹(G)

中納良恵(Vo) ちょうど1年くらい前からです。レコーディングはとびとびでやっていたんですけど、去年の秋冬あたりに一気に作業を詰めて。

──今作を作るにあたって「こんなアルバムにしよう」というイメージはありましたか?

中納 なんとなくですけど。

森雅樹(G) 僕もなんとなくですね。曲ごとには具体的にイメージを考えることはあるけど、今回はこれまでに比べて流れに任せるようなところが多かったですね。制作中に「どこに向かっていくんやろ?」って思うことはあったかなあ。

中納 私も曲ごとに「これをどういう方向に向かわせていこう?」とは思って作りましたけど、全体的なイメージはそれほど考えていなかったです。

 今までは、「曲をどうひねくれさせていこうか」「普通にはないものをどうポップに仕上げていこうか」っていうことを考えて曲を作ることが多かったんです。前々作「EGO-WRAPPIN' AND THE GOSSIP OF JAXX」からそんな感じのサウンドを目指していって、前作「ないものねだりのデッドヒート」で自分の中で解決した部分があって。で、その流れを引っさげての本作だったんですけど、生々しい音とエレクトリックな音をどうミックスさせていくかみたいなところで、自分なりのセンスを出していこうかなっていうのは考えて作りましたね。

──先ほど森さんが「流れに任せた」とおっしゃっていましたが、制作のスタートはなんだったんですか?

 今回のアルバムで最初にできたのが1曲目の「水中の光」だったんですけど、これをよっちゃん(中納)がピアノを弾き語って聴かせてくれて。それを聴いて「今回のアルバムはこのラインだな」って思ったんです。3.11以降の心境の変化みたいなものが自分にあった中で、素直に入ってきた曲でした。これまでは僕からの提案みたいなものがアルバムにつながっていくことが多かったんですけど、今回はそうじゃなかった。

──「水中の光」はすでにライブでも披露されている楽曲ですね。

中納 えーっと、去年の夏のライブで初めてやりましたね。

──この曲は、中納さんが弾き語りで作ったんですか?

中納 はい。

──シンプルで美しいバラードですよね。歌詞はすぐにできましたか?

中納良恵(Vo)

中納 そうですね。歌詞はけっこうすぐできました。

──逆に歌詞を付けるのが難しかったのは?

中納 えーっと、「AQビート」とか「ちりと灰」とか。ギターリフがメインになっているような曲の歌詞を具体的にすると、ギターリフがつぶれるような気がするんですよ。森くんに気を遣って言っているわけではないんですけど、ああいうタイプの曲は、歌詞をふんわりさせたほうがおしゃれかなって……自分なりの解釈ですけど。

 そうやったんや(笑)。

──例えばアメリカンロックっぽいギターサウンドの曲でも、そこに独特の言葉を乗せることで、曲の印象がアメリカンロックっぽくなくなるというか、また別の印象になる。そういった部分もEGO-WRAPPIN'らしいと思いました。

中納 あー、そういうのうれしいです。でも、そういうふうに作ろうとは思っていないから、きっと化学反応が起こっているんでしょうね。相性とかそんな感じですね。

3人体制で実験繰り返した制作

──「水中の光」の次にできたのはどの曲ですか?

 次はガットギターで「ウィスキーとラムネ」を作り始めました。「水中の光」のイメージを受けて、次は「アコースティックの風合いが感じられる曲を」みたいなことを考えながら。

──いつもそうやってイメージの連鎖がつながってアルバムができていくんですか?

 そうですね。あと今回は、「ウィスキーとラムネ」を作るあたりからドラムの菅沼(雄太)くん一緒にスタジオに入ってもらって、セッションというかジャム的に曲を作っていって。

──3人体制でベーシックを作っていったと。

 はい。だから今回は曲を作るときにベースがいなくて、逆にサウンドの中のベースの位置づけみたいなところを気付けたことも多かったです。 例えば「ウィスキーとラムネ」だと、前半から後半までベースが全然出てこないんですよ。で、最後にぽっこりベースが出てきて気持ちよくなる。で、それをよりわかりやすく聴かせるためには、シンセベースのほうがいいんじゃないか……とか。そんなことを考えながらレコーディングしていきましたね。

中納 だから森くんもギター以外の楽器を弾いたり、私もシンセ弾いたりして。

 フレーズも単純なものが多かったので、よっちゃんにわかる範囲でシンセ弾いてもらったり、それが逆にポップに聞こえたり。そうやって実験しながら。

──少ない人数で、実験を繰り返していったんですね。もともとレコーディングは好きなんですか?

中納 好きですね。ライブは外に向けて瞬発的にっていう感じで、レコーディングは内向的にというか。

 ライブとはまたちゃうな。ライブだと大味な魅力というか、細かいところはええやんっていうのもあるけど。

──歌がうまかったり楽器がうまかったりすると、あまりレコーディングで派手なことをするのを控えて、“素材の味を生かす”ような手法をとるアーティストもいますけど、EGO-WRAPPIN'はいつもボーカルに派手にエフェクトをかけたり、逆再生の音を効果的に取り入れたりしてレコーディングギミックで遊んでいますよね。

森雅樹(G)

 遊びますね。

──ああいった音の遊びは、どう思いつくものなんですか?

 どうやろ。録っていきながらっていうのもありましたし、あとはエンジニアの中村督さんに技術的な部分でいろいろと提案してもらったり。

──では、そういった音作りの部分で一番難産だった曲は?

中納 「ウィスキーとラムネ」はけっこう練ったんじゃない? 間奏のとことか。

 そうですね。歌がない部分の背景とかで。コラージュっぽいところで、いかにエレクトリックな雰囲気にしていくかっていうことを考えながら。

──逆にライブでの演奏……つまり再現性を念頭において曲を作ることはありましたか?

 今回は特にしていないです。録音でできることっていうのを考えながら作っていましたね。ライブでの再現性みたいなものはとりあえずおいておいて。

──個人的には最後の「fine bitter」は壮大なストリングスが入っていて、歌うのが気持ちよさそうだと感じました。ストリングスがすごくフィーチャーされていることに、少しびっくりしましたけど。

 ああいう曲も好きなんです。僕らは攻撃的かつロック的な感じの曲が多いから、ストリングスみたいなものに包まれて歌いたいっていうのもありましたね。だから「じゃあやったらええんちゃうの?」っていう感じで挑戦したんです。ストリングスとバンドものをあわせると聴いていて重くなったりする場合があるんですけど、ストリングスと歌だけが聞こえるっていう部分を作りたくて。徳澤青弦さんのストリングスアレンジがよくて、重くなることもなくいいバランスでできたと思います。

──ちなみに中納さんが一番気持ちよく歌えたのはどの曲ですか?

中納 んー、9曲目の「Fall」ですね。

──どんなときに歌ってて気持ちいいと思うんですか?

中納 どうやろ……歌ってて楽しいはあるけど、気持ちいいっていうのは少ないかも。でも「Fall」は自分の好みの曲で、音と声のハマり具合とかがええなあって思いました。

 これは僕がきっかけのフレーズを持ってきて、アルバムの中でもわりかし後にできた曲です。曲の前半部分はEGO-WRAPPIN'っぽいお得意の雰囲気で、サビも素朴なコード展開で。そういう感じがよかったと思いますね。

ニューアルバム「steal a person's heart」/ 2013年4月10日発売 / NOFRAMES / MINOR SWING / TOY'S FACTORY
初回限定盤[CD+DVD+アナログ+USB+アートブック] 10500円 / TFCC-86431
通常盤 [CD] 3000円 / TFCC-86432
CD収録曲
  1. 水中の光
  2. FUTURE
  3. AQビート
  4. 10万年後の君へ
  5. on You
  6. ウィスキーとラムネ
  7. 女根の月
  8. ちりと灰
  9. Fall
  10. blue bird
  11. fine bitter
初回限定盤DVD収録内容
  1. デッドヒート
  2. 天国と白いピエロ
  3. BRAND NEW DAY
  4. love scene
  5. MINNIE THE MOOCHER
  6. 下弦の月
  7. 想像の美しい世界
  8. Sundance
  9. Telephone Operator
  10. 雨のdubism
  11. くちばしにチェリー
  12. GO ACTION
  13. WHOLE WORLD HAPPY
初回限定盤7inch(EP)収録内容
  • Side A:女根の月
  • Side B:SPECULATION
初回限定盤USB収録内容
  • 異邦人 / 久保田早紀
  • 買物ブギ / 笠置シヅ子
  • Tomorrow Is My Turn / Nina Simone
  • Adorable You / Doreen Shaffer
EGO-WRAPPIN'(えごらっぴん)

1996年、中納良恵(Vo)と森雅樹(G)によって大阪で結成。2000年に発表された「色彩のブルース」や2002年発表の「くちばしにチェリー」は、多様なジャンルを消化し、EGO-WRAPPIN'独自の世界観を築きあげた名曲として異例のロングヒットとなる。2011年4月には10周年を迎え、東京・大阪・韓国で10公演を開催した恒例のライブ「Midnight Dejavu」を集約したライブDVDを、7月には初となる写真集を発売した。数々のフェスへの参加や他アーティストとのコラボなど積極的な活動を続け、2013年4月に約2年半ぶりとなるアルバム「steal a person's heart」をリリースした。