音楽ナタリー Power Push - 中孝介×森山直太朗

「花」にまつわるストーリー

中孝介がベストアルバム「THE BEST OF KOUSUKE ATARI」を発表した。

今年デビュー10周年を迎えた中にとって初のリリースとなるベスト盤には、これまでの活動の軌跡をたどる全28曲が収録された。中でも2007年発表の「花」は、彼の歩みを振り返る上では外すことのできない代表曲だ。音楽ナタリーではベスト盤のリリースに際し、中と「花」の作曲者である森山直太朗にインタビューを実施した。森山は10月にデビューから15年目に突入したばかりで、9月にはベスト盤「大傑作撰」を発表している。2人は「花」が生まれるまでの舞台裏から歌い手としてのこれまでの歩みを、穏やかなリズムで振り返った。

取材・文 / 松永尚久 撮影 / 上山陽介

中くんにとって、生涯歌の道を進んでいくための曲を作りたい

左から中孝介、森山直太朗。

森山直太朗 中くんは今年でデビュー10周年?

中孝介 はい。今年の3月に10周年を迎えました。直太朗さんは今年で15周年でしたよね?

森山 そう。10月にスタートしたばかり。個人としての感慨もあるけど、中くんも10周年なんだと思うと「そんなに経つのか」って思うね。

 でも、5年しか変わらないなんて、驚きです。直太朗さんはもっと長いキャリアがあるような感覚でいました。

森山 デビューから意外と経ってないんだよ(笑)。でも今振り返ってみると、中くんがデビューするまでの5年間の自分は、いろいろ模索していた時期だったなって思う。そうしてその頃に、中くんのスタッフさんから声をかけていただき、曲を作る話になっていったんだけど。

──そうだったんですね。

森山 ええ。自分の楽曲だったら気に入らなければボツにすればいいだけの話なんですけど、ほかの方に楽曲提供する場合はピンポイントでいい化学反応を起こさないといけないから、中途半端に曲作りをすることはできない。だから膝を突き合わせてお話させていただいたのを覚えています。

 僕はお話をいただいた瞬間「絶対に歌いたい!」って思いました。直太朗さんの楽曲は地元でよく聴かせてもらっていましたし。特に「さくら(独唱)」は、デビュー前によくカバーさせてもらっていたので。

──実際に曲作りをするにあたっては、どういう話し合いをされたのですか?

 そのときは、「好き」とか「嫌い」とかをテーマにしたものよりも、「誰にでも伝わるような普遍的な感情を歌いたい」って、直太朗さんにお伝えしたと思います。

森山直太朗

森山 うん。中くんは「若いのにちゃんと思いを言葉にできるんだ」って感心しましたね。ただ、それで「はい、オッケー。わかった」って曲が完成するわけじゃなくて。お話をしているときの中くんの所作とかを見ながら、自分との接点や共感できる部分があるか、探していました。そうしたら中くんのスタッフさんが「孝介、あれやっちゃいなよ!」とぶっきらぼうに言って(笑)、奄美の歌を披露してくれたんですよね。

 そうでした。

森山 それにガツーンときたというか。まがりなりにも自分も歌い手ですから、目の前でほかの人が歌うのを聴いているとどこかアラを探したくなってしまうんですよ(笑)。特に当時僕は若かったので、その意思が強かった。でも中くんの声は、そういうことも思い付かないくらい……「好き嫌い」はもちろん、「すばらしい」という表現も超えるほど圧倒的で。その瞬間に「曲はできた!」って思いましたね。島唄独特の民族的な部分を匂わせながらも、ポップスとして初々しく、鮮烈な曲にしたいと。そして中くんにとって、生涯歌の道を進んでいくための曲を作りたいと思って完成したのが「花」という楽曲でした。

 最初に直太朗さんボーカルのデモをいただいたんですけど、もう「すげえ」って鳥肌が立ちました。でも何度も聴いてしまうとただのマネになってしまうので、メロディを覚えたあとは自分なりのイメージでレコーディングに臨んだことを覚えています。

「花」は自分にとって必要不可欠なもの

──森山さん、中さんの歌う「花」にはどんな印象を持ちましたか?

森山 「これは売れるな」って思いました(笑)。というのも、この曲って一見シンプルで純朴なんですけど、歌い手にとってはとても表現が難しいんです。まず歌詞の内容を「どういう立ち位置で、誰が言うの?」って考えてしまうし。だけど、中くんはそこに対してつまらないことを考えず、ものの見事にまっすぐ歌っていた。「ただ、そこに花があるもの」のような感覚で。それって、相当な技術がないとできないことなんですよ。結果、誰にでも伝わる普遍性みたいなものが生まれていて「売れるな、いいなあー」って思ったんです(笑)。その後僕も自分のアルバムで「花」をセルフカバーしているんですけど、いち歌い手として挑戦してみたくなったんですよね。今年の9月にリリースしたベスト盤「大傑作撰」にも収録されています。とにかく、中くんの声に引き寄せられて、いい曲に仕上がったのではないかと思います。

中孝介

 僕にも「すばらしい楽曲ができた」という思いがあって、リリース前から「これがリスナーの方々にどう伝わるんだろう?」と楽しみにしていました。「花」は歌っていると「自分は自分でいいんだ」って、背中を押してもらえるような気分になれる1曲なんです。またこの曲は、リリースしてからライブで一度も歌わなかったことがない、自分にとって必要不可欠なものになっています。

森山 そうなんだ。うれしいですね。

──中さんは、アジア地域でライブをすることも多いですが、そこでも必ず「花」を披露するんですか?

 はい。実は海外では台湾映画「海角七号」(2008年公開)の劇中歌として使用されたデビュー曲「それぞれに」のほうが認知されているのですが、現地の方々がネットでほかの楽曲もリサーチして広まったのか、今では冒頭の「もしも」を歌い出した瞬間から大歓声が巻き起こるほどの人気なんですよ(笑)。

森山 うれしいな。僕も台湾などでライブをやったことはありますけど、自分の手が届かない場所まで自分の関わった音楽が広まっていったという話を聞けるのは、とても有意義なことですね。ただ、今までそんな報告なかったんだけどなあ(笑)。

 すいません(笑)。

中孝介 ベストアルバム「THE BEST OF KOUSUKE ATARI」 / 2016年10月26日発売 / [CD2枚組] 3800円 / EPICレコードジャパン / ESCL-4712~3
中孝介 ベストアルバム「THE BEST OF KOUSUKE ATARI」
DISC 1
  1. それぞれに
  2. 思い出のすぐそばで
  3. 家路~Acoustic Version
  4. 種をまく日々
  5. 夏夕空
  6. 路の途中
  7. 空が空
  8. 君ノカケラ feat. 宮本笑里
  9. サンサーラ
  10. 雨の降らない星では愛せないだろう? / feat. 高橋愛
  11. 目をとじても
DISC 2
  1. 心の陽
  2. 記憶-Last Forever- feat. 韓雪
  3. 童話
  4. 夜想曲~nocturne
  5. 野ばら
  6. 青藏高原
  7. 明年今日
  8. 在水一方
  9. 花海
  10. 言葉はいらない feat. 韓雪
  11. 茉莉花
  12. 風になって~勇者的浪漫~ / Rake feat. 中孝介
  13. 相信愛 / 林育羣 feat. 中孝介
森山直太朗 ベストアルバム「大傑作撰」 / 2016年9月21日発売 / EMI RECORDS
森山直太朗「大傑作撰」
初回限定盤 [2CD+DVD] / 4536円 / UPCH-29225
通常盤 [CD] / 3024円 / UPCH-20426
花盤(初回限定盤、通常盤共通)収録曲
  1. 夏の終わり
  2. 生きてることが辛いなら
  3. どこもかしこも駐車場
  4. 若者たち
  5. 風花
  6. 愛し君へ
  7. フォークは僕に優しく語りかけてくる友達
  8. 嗚呼
  9. 小さな恋の夕間暮れ
  10. 太陽
  11. さくら(独唱)
  12. 日々
  13. 生きとし生ける物へ
  14. 虹(2016 ver.)
土盤(初回限定盤)収録曲
  1. レスター
  2. さなぎの時代
  3. 今が人生
  4. 君は五番目の季節
  5. シルビア
  6. 坂の途中の病院
  7. 夕暮れの代弁者
  8. 僕らは死んでゆくのだけれど
  9. 優しさ
  10. うんこ
  11. よく虫が死んでいる
  12. コンビニの趙さん
  13. 魂、それはあいつからの贈り物
  14. 12月(2016 ver.)
初回限定盤DVD収録内容

Studio Session 2016 ~直太朗的録音箱集友楽~

  1. 夏の終わり
  2. ラクダのラッパ
  3. どうしてそのシャツ選んだの
  4. 明けない夜はないってことを明けない夜に考えていた
  5. どこもかしこも駐車場
  6. 未来 ~風の強い午後に生まれたソネット~
中孝介(アタリコウスケ)
中孝介

鹿児島県奄美大島出身・在住のボーカリスト。高校生の頃に同年代の女性がシマ唄を歌う姿に衝撃を受け、独学で歌を始める。2000年に奄美民謡大賞での新人賞をはじめ、数々の賞を受賞。インディーズからシマ唄のCDを4枚リリースし、2005年9月にはミニアルバム「マテリヤ」を発表。外資系CDショップでヒットを記録する。2006年3月にシングル「それぞれに」で待望のメジャーデビュー。森山直太朗と御徒町凧が提供した3rdシングル「花」は世代を超えて愛されるロングヒットとなった。2013年には故郷である奄美大島の日本復帰60周年を記念した「もっと日本。」プロジェクトを始動。2014年に台湾で台湾映画「KANO」の主題歌を、日本のRake、台湾のアーティストらと共に担当し、2015年からは台湾全国ネットのテレビ番組「KISSHOTEL」にレギュラー出演するなど中国、アジア地域にも活動の幅を広げている。2016年10月にデビュー10周年を記念した初のベストアルバム「THE BEST OF KOUSUKE ATARI」を発表。11月26日から全国5都市を回るコンサートツアー「The Best of Kousuke Atari」を開催する。

森山直太朗(モリヤマナオタロウ)
森山直太朗

1976年東京生まれのシンガーソングライター。2001年3月にインディーズからミニアルバム「直太朗」を発表し、2002年10月にアルバム「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」でメジャーデビュー。2003年3月に発表したシングル「さくら(独唱)」が異例のロングヒットとなり、120万枚を超えるセールスを記録した。また、その後も2008年にリリースされた16thシングル「生きてることが辛いなら」など話題曲を発表。2016年6月1日には、約半年の“活動小休止”を経て生まれたニューアルバム「嗚呼」をリリース。9月21日、デビュー15周年記念のオールタイムベストアルバム「大傑作撰」を発表した。現在全国各地で「スペシャルライブ&感謝状贈呈式」を開催中。また2017年1月には約半年に渡る全国ツアーがスタートする。