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May J.がバッシングに言及「生放送で歌う最中も非難の声が頭の中に」

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「私のものじゃない、私の歌」発売記念サイン会の様子。(写真提供:マガジンサミット)

「私のものじゃない、私の歌」発売記念サイン会の様子。(写真提供:マガジンサミット)

May J.による初の書籍「私のものじゃない、私の歌」が3月16日に発売されるのに先駆け、本日3月6日に東京・SHIBUYA TSUTAYAにて先行販売&サイン会が開催された。サイン会の開始前には記者を迎え、代表質問に答える形でMay J.自身が書籍の内容を語る囲み取材も行われた。

「私のものじゃない、私の歌」は彼女のデビュー10周年を記念して制作された、語り下ろしによる自叙伝。本名が「橋本芽生」であることを初めて公式に明かし、幼少時代からデビュー前のオーディション歴、デビュー後の不遇の日々、脚光を浴びたテレビ朝日系「関ジャニの仕分け∞」でのカラオケ対決、そして「Let It Go~ありのままで~」の大ヒットとそれにより巻き起こったバッシングなどについて自ら正直な気持ちをつづっている。

本の中で人気が出ずに試行錯誤していたデビュー後の数年間が書かれていることについて、なぜシンガーの夢をあきらめなかったのか聞かれた彼女は「3歳の頃から歌手になりたいと思っていて、歌以外に正直何も興味がありませんでした。大人になっても歌手になりたいという大きな目標を持ち続けていたし、一番大変だった時期も『挑戦し続けていればいつか目標にたどり着ける』と信じて、ただひたすら前を見ていました。この本を今読んでみると『この頃には戻りたくない』っていう気持ちになるんですけど、当時はそれが当たり前で、つらいと思ったことはなかったんです」と説明。

ブレイクのきっかけとなったテレビでのカラオケ対決については「当時はプロとはいえ自分が歌える場所は少なかったし、テレビで歌う機会はほとんどなかったので、お話をいただいたときはチャンスだと思って出ることを決心しました。カラオケとはいえライブと同じように、聴いてくれる人に歌で感動してもらえたらと思っていました。3分間でどれだけ爪跡を残せるか、採点のポイントにならないところでいかに自分なりのスタイルを詰め込めるか考えて地元のカラオケで練習していました。最初のうちは挑戦者として『名前を知ってもらうためにがんばろう』という気持ちでしたけど、10連勝あたりからプレッシャーが強かったです」と振り返った。

「Let It Go~ありのままで~」にまつわるさまざまなバッシングについては、彼女は「気にしないようにしていたけど、気になってネットのコメントとかを1人で読んでいました。テレビの生放送で歌っているときに、ふとそのバッシングの声が頭に入ってきて、歌に集中できなくなったことも何回もあります」と告白。続けて「このままじゃダメだなと思ったときにライブで『Let It Go』を歌ったら、この曲を聴きたいと思って集まってくださった方々が目の前にいたんです。そのうれしそうな笑顔を見て、楽しみにしてくださる人のために一生懸命歌い続けていきたいなと思いました」と話した。

またMay J.は、この書籍の発売日にカバーアルバムシリーズ第3弾「Sweet Song Covers」もリリース。このアルバムは太田裕美「木綿のハンカチーフ」、山下達郎「RIDE ON TIME」など1980年代に発表された日本のヒット曲を中心に、オリジナルアーティストの性別を問わずにカバーしている。このアルバムについて彼女は「以前までカバーアルバムを作ろうと思ったことはなかったんです。でも歌謡曲を歌うテレビ番組に出演させていただくうちに、そういうカバーをもっと聴きたいという声をいただくようになって。そう思って求めてくれる人がいるのは幸せなことだなと思いました。オリジナルでもカバーでも関係なく、どんな曲でも自分はシンガーとして歌い続けたいです」と思いを語った。

※記事初出時、本文に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。

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