塚本晋也が語る「ハクソー・リッジ」|戦場で信念を貫いた男に共感

「人を救う」という信念

──デズモンドは戦場でも「人を救う」という強い信念をもとに行動します。“信念”は、本作の大きなテーマの1つでもありますね。

「ハクソー・リッジ」より。

戦場で人を殺すのが当たり前だという世の中で、いろいろな葛藤がありながらも「人を救う」という信念を貫いて行動するというのは、かなり重要なことだと思いました。今のような時代だとなおさら、デズモンドの姿が僕らに訴えかけるものは大きい。いくら周囲が正当化しようとしても、戦争というものに正当性があるはずがないんです。たとえ孤立しても自分の信念を貫くというのはすごく大切なことです。

──なるほど。劇中でもっとも印象的だったシーンはどこでしょう?

デズモンドが瀕死の日本の兵隊さんと出くわしちゃったときに、彼を助けるところですね。「もし本当にこういう行動を取ったとしたら聖人と言えるんじゃないか。すごいなあこの人」と感嘆しながら観ていました。

──実際にデズモンド本人は敵味方関係なくけが人を手当てしていたそうです。先ほどデズモンドの信念についてお話しいただきましたが、塚本さんご自身が監督・俳優として持っている信念があれば教えていただけますか。

「ハクソー・リッジ」より。

信念と言うべきものはあまりありませんが、「野火」に特化して考えると、戦場での好戦的なヒロイズムは絶対描かないという思いがありました。あとは、自分たちがこんなにひどい目に遭ったから戦争は恐ろしいものなんだという、被害者目線のメロドラマは描かないということも頭にありました。後者はすでに素晴らしい作品がたくさんあるので。相手に殺されるのも怖いですけど、同時に殺さなくてはいけないのが戦争なので、自分が加害者になってしまう恐怖を描かなければとずっと思っていました。「ハクソー・リッジ」では、「加害者にはならない」という意志をデズモンドが持ち続けますよね。そんな主人公の姿を通して戦争の怖さを描いた点に、本作の新しさを感じました。

不条理の中に戦争の怖さと真実がある

──「ハクソー・リッジ」は戦争がテーマの作品ということで、影響を受けた戦争映画がありましたら教えてください。

フランシス・フォード・コッポラ監督の「地獄の黙示録」が一番好きですね。「野火」を作るにあたって、あの作品のスピリットにはかなり影響を受けました。主人公の視点からベトナム戦争を体験し、非常にリアルで恐ろしいことを目前にしながらその中を旅していく。かたや超大作映画、こちらは超ミニミニ映画ですが。

──そのほかにお好きな作品は?

塚本晋也

オリヴァー・ストーン監督の「プラトーン」。この映画もベトナム戦争が題材ですが、相手を悪として描くのではなく戦争の不条理を描いているところが「地獄の黙示録」と共通しています。「プラトーン」では、戦時下においては味方同士にさえ異様な人間関係が生まれ、その結果殺し合いが始まるという不条理が描かれます。そういうものの中にこそ戦争の怖さと真実があるんじゃないかと思います。僕は、相手がひどい侵略をしてきたから果敢に立ち上がり、苦労をしながらも相手を殺し尽くし栄誉を勝ち取ったぞという体のお話が大嫌いなんです(笑)。「ハクソー・リッジ」にも個人的には実は気になるところが一点だけあります(笑)。あとはスタンリー・キューブリック監督が大好きなので「フルメタル・ジャケット」も好きです。自分自身もベトナム戦争の映画を作りたいという気持ちがあるんですけど、「野火」でもヒーヒー言っていたのでさすがに難しい。

──そうなんですか! ぜひ観てみたいです。

こんな世の中なので、相手の国の人が加害者になる映画を日本人が描くのはちょっときわどいものがあるなと思って。でも本当にあった話を題材に、「野火」が子供に見えちゃうくらいの、ものすごい映画を作りたいです。

──「ハクソー・リッジ」を観るうえで事前に観ておいたほうがよい作品などがありましたらお聞きしたいです。

日本視点で描かれた映画から選ぶとしたら、やっぱり「野火」を観てほしいです。「野火」と「ハクソー・リッジ」を観て、こういう人たちがいたんだということをリアルに味わっていただきたい。クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」「父親たちの星条旗」も素晴らしい映画なので観たほうがいいと思います。日本とアメリカそれぞれの視点で映画を作って、戦争の恐ろしさをきっちりと俯瞰した目線で描き出している。少し好戦的な作品のほうが商品になるんじゃないかという雰囲気があったときに、イーストウッド監督のような立派な方がああいう映画を作ってくれたことで、僕は心底ほっとしました。

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目をそらしては駄目

「ハクソー・リッジ」
2017年6月24日(土)公開
「ハクソー・リッジ」
ストーリー

子供時代の苦い経験から、聖書の「汝、殺すなかれ」という教えを大切にして育ったアメリカ人の青年、デズモンド・ドス。第2次世界大戦が激化する中で、彼は「衛生兵としてなら自分も国に尽くすことができる」と考え、陸軍に志願する。だが断固として武器に触れることを拒むデズモンドは上官や仲間の兵士たちから嫌がらせを受け、ついには軍法会議にかけられてしまう。ある人物の尽力によりデズモンドの主張は認められるが、彼が派遣されたのは“ハクソー・リッジ”と呼ばれる沖縄の激戦地だった。包帯とモルヒネだけを持ち、飛び交う銃弾をかいくぐって重傷の兵士たちを救おうとするデズモンド。その姿に、かつて彼を臆病者呼ばわりした仲間たちも感嘆の目を向け始めるが……。

スタッフ / キャスト

監督:メル・ギブソン

デズモンド・ドス:アンドリュー・ガーフィールド
グローヴァー大尉:サム・ワーシントン
スミティ・ライカー:ルーク・ブレイシー
ドロシー・シュッテ:テリーサ・パーマー
トム・ドス:ヒューゴ・ウィーヴィング
ハウエル軍曹:ヴィンス・ヴォーン

塚本晋也(ツカモトシンヤ)
1960年1月1日生まれ、東京都出身。1989年に「鉄男」で劇場映画デビューし、以降は「東京フィスト」「六月の蛇」「KOTOKO」など数々の監督作を発表。監督、主演、脚本、編集、撮影、製作の6役を務めた2015年公開の「野火」では、第70回毎日映画コンクールの監督賞や男優主演賞などさまざまな映画賞を獲得した。2016年には、遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシが映画化した「沈黙-サイレンス-」に出演。アンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライバー、浅野忠信、窪塚洋介らと共演した。