「ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld」|「SAO」の世界を作ろうぜ! VR企業クラスターCEO・加藤直人インタビュー

TVアニメ「ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld」最終章が、7月11日に放送開始される。人間の魂・フラクトライトを人工的に作り出す実験として用意された仮想世界《アンダーワールド》を舞台に、人界と暗黒界という2つの世界が衝突する最終戦争が勃発。最高潮の盛り上がりを見せ、2019年10月~12月にかけて放映された前クールは幕を閉じた。

クライマックスに向けてファンの期待も高まる中、コミックナタリーは「SAO」シリーズの大ファンだというクリエイターの存在を知り、インタビューを申し込んだ。その人物は、クラスター株式会社CEO・加藤直人氏。「SAO」の影響からVR技術に魅せられ起業までしてしまったという加藤氏は、「SAO」シリーズの中でも《アリシゼーション》編がフェイバリットだと語る。最終章の放送を待つ傍ら、憧れの仮想世界を現実のものにしようと手を伸ばす夢追い人の話に耳を傾けるとしよう。

取材・文 / 丸本大輔 撮影 / 新妻和久

「cluster」とは

加藤氏がCEOを務めるクラスター株式会社が運営する「cluster」とは、大勢の人が一緒に参加できるVR(仮想現実)空間を提供するバーチャルプラットフォーム。2017年6月の正式ローンチ以来、バーチャルタレント(VTuber)による音楽ライブやコンサートなど数々のVRイベントを行っており、2019年には約200件のイベントが開催されている。

パソコンだけでもイベントへの参加は可能だが、ゴーグル型のVRデバイス「HMD(ヘッドマウントディスプレイ)」を接続することで、自分が実際にその会場にいるような臨場感も楽しめる。さらに、今年3月の大型アップデートによってスマホにも対応。より手軽に、「cluster」のバーチャル空間を体験できるようになった。

また、これまではイベント開催時に作られる専用会場へ入場する形だったが、大型アップデート後は個人ユーザーが常設のワールド(VR空間)を制作することも可能に。ワールド内で、ほかのユーザーとコミュニケーションを取ることもでき、バーチャルSNSとしての機能も有することになった。

クラスター株式会社・加藤直人CEOインタビュー

「SAO」を読んで、バーチャルワールドを作った茅場に憧れた

──加藤さんが「SAO」のファンになったきっかけを教えて下さい。

加藤直人氏

高校生の頃からライトノベルが大好きで。実は「SAO」よりも先に、同じ川原(礫)先生が書かれている「アクセル・ワールド」を読んでいたんです。その後、「アクセル・ワールド」と「SAO」がほぼ同時期にアニメ化されることで話題になったとき「SAO」も読んでみたら「なんだこれ! めっちゃ面白い!」となって。本を全部読み、アニメにもハマっていきました。

──「SAO」のどのようなところに惹かれたのですか? やはり、最初の舞台がVRのMMORPG(大規模多人数参加型RPG)の世界という部分でしょうか?

もともとSFが大好きだったので、最初はSFオタクとしての興味から入っていきました。当時はまだ学生で、VRとはまったく関係ないことを勉強していたんですよ。僕は京都大学で量子物理学を学んでいたのですが、「SAO」の登場人物で、フルダイブ型VRマシンやゲームの《ソードアート・オンライン》を作った茅場晶彦も量子物理学者なんです。そういうシンパシーもあって、中二病心がくすぐられたところもありました(笑)。

《ソードアート・オンライン》を開発し、プレイヤーをゲーム世界に閉じ込めた事件の犯人・茅場晶彦。

──主人公のキリトではなく、黒幕にシンパシーを感じたのですね。

そうなんですよ(笑)。当時はまだVRに触れたこともなかったし、会社を作るなんてことも一切考えていませんでしたが、後から考えると「SAO」を読んで《アインクラッド》というバーチャルワールドを作った茅場に憧れを持ったことが、自分もそういった世界を作る側に回りたいという思いへつながって、会社を立ち上げたようなところもあります。ルーツって言うと、少し言いすぎかもしれないですけどね。

──量子物理学を学んでいた大学生がどのような経緯で、VRビジネスで起業することになったのですか?

これはいろいろな取材でも話していることなのですが、ちょうど「SAO」のアニメが始まった2012年頃から、大学院を中退して自宅で3年間ひきこもっていたんですよ。といっても、特にネガティブな出来事があったわけではなくて。当時、スマホが急速に普及していた時期で、大学の先輩からリモートでできるプログラマーとしての仕事をもらえていたので「あれ? もしかして、家から出なくても生きていける?」と思い始めて。なんとなく試してみたら、全然やれたみたいな(笑)。「外に出られない」のではなく、なんとなく「出ないことを選んでいた」という感じだったので、人を避けてたとかじゃなく。だから、近所のコンビニの店員さんとはよく会ってましたね(笑)。ただ、家族とコンビニの店員さん以外とは、年間10人も会っていなかったです。もともとそんなにアウトドアな人間ではなく、ラノベやマンガを読んだり、ゲームをしたりするのが大好きなので、外出しないまま楽しく過ごせていたせいか、特にひきこもりという自覚もなく。あるとき「あ、俺って今、ひきこもってる?」と気付いたくらいでした。

初めてVRデバイスを被ったとき
「これは『SAO』の世界だ!」と思った

──ひきこもり生活中に、VRの世界と出会ったのですか?

はい。「SAO」のアニメが始まった2年後くらい、2014年にFacebookがOculus(オキュラス)というVRの会社を買収したというニュースを読んで、「なんだこれ?」と興味を持ったのが最初のきっかけです。

──Oculusは、VR HMDの大手メーカーですね。

加藤直人氏

でも、当時はまだコンシューマー向けのVRデバイスはなくて、一般の人は買えなかったんです。だから、アプリ開発者向けに配られていたHMDを取り寄せて、初めて被ったのが2014年。そのとき最初に思ったのが「これは『SAO』の世界だ! やばい!」ってことでした。SF的な世界観としては「攻殻機動隊」もすごい好きだったし、バーチャルな世界ということでは「サマーウォーズ」などもあるのですが、最初に想起されたのは「SAO」の世界でした。その体験が衝撃的で、「この領域で会社を作ってみたい」という思いが高じて、1年後にVRの会社としてクラスターを立ち上げました。最初のメンバーを集めるときの口説き文句も「『SAO』の世界を作ろうぜ!」だったんですよ。だから、最初は「SAO」が好きで「あの世界を作りたい」というメンバーで始めた会社なんです。このインタビューが「SAO」の記事だからそう言ってるのではなくて、本当にそうだったんですよ(笑)。

──社内スタジオの名前がキリト、アスナなど「SAO」にちなんだものになっているのも、加藤さんや初期からのスタッフの趣味が反映されているわけですね。

はい。部屋の名前なんてどうでもいいという考えもありますが、ウチのメンバーの中では「SAO」が共通言語のようにもなっていて。例えば、会議などでも「『SAO』で言う、あの仕組みが~」みたいに話すとすごくわかりやすい。言葉のプロトコルになってくれているんです。だから、スタジオの名前にも使わせていただきました。来客の方々も「SAO」を好きな方は多いので、「あ、キリトとアスナだ!」って喜んでいただけることも多いですよ(笑)。最初は、同じくらいサイズのスタジオが2つと、小さなスタジオが1つだったので、キリトとアスナ、ユイかなと。その後、大きなスタジオを1つ増やすことになったので、そこはカヤバにしました(笑)。

──ちなみに今、取材を行っている会議室の名前はアインクラッド。なぜ、この部屋だけはキャラクター名ではなく、作中のゲーム《SAO》の舞台の名前を選んだのですか?

ここは、会議をクリアするまでは出られない部屋なんです(笑)。

──なるほど。ラスボスを倒してクリアしなくては出られない《アインクラッド》にかけて(笑)。加藤さんの「SAO」愛を感じますが、「『SAO』のような世界を作りたい」というクラスター社創設時の思想は、今も変わらないのでしょうか?

はい。ずっと続いているし、今もそこに向かって進んでいます。全体のミーティングでもよく「SAO」の名前が出てきます。僕らは、実際にはバラバラの場所にいる人々が1カ所に集まれる空間、しかもエンタメの空間を作りたいんです。この先、バーチャル空間はそこで働くことができたりとか、生活の場にもなっていったりすると思うんですけれど、まずはエンタメの空間を充実させていきたいと考えています。これは「SAO」とは関係ない思想の話なんですけれど、僕個人としては、これから社会の中で「つらい仕事をやる」という感覚がどんどんなくなっていくと思うんですよ。そういうものは、自動化された機械とかAIが勝手にやってくれて、エンタテインメントが残っていく。最近は「モノからコトへ」といった言葉も言われていますよね。

──何かの「モノ」を購入し所有することよりも、何かの「コト」を体験することに価値を見出すようになってきたという消費者ニーズの変化を表す言葉ですね。

その変化がさらに進んだ世界で、「コト」がどのように消費されていくかというと、インターネットを介して消費されていく。VR空間でゲームをしたり、コンサートに参加したりすることは、その究極形態で、そういった世界が絶対に来るはずだと確信したうえで「cluster」という場所を作っています。そして、その究極形態を非常にわかりやすく魅力的な形でエンタテインメントに落とし込んで描いているのが「SAO」という作品なんです。