コミックナタリー Power Push - 「大奥」「パレス・メイヂ」特集 よしながふみ&久世番子対談

女将軍と女帝を描く2人のシンパシー

恋愛の主導権は自分が持つ、という女の人が好きです(久世)

──今回、架空の歴史もので、ともに“女帝もの”をお描きになっているおふたり、ということでお話しいただいているわけですが、帝を描くということについてどんなふうにお考えですか。

「パレス・メイヂ」の彰子。

久世 もともとは女帝ものを描こうというわけではなくて、明治時代の宮中の文化を描きたくて。それを少女マンガで恋愛ものにしていくとなると、女性が帝で男性が侍従で、という配役になった、という感じですね。女性の帝がいたら、こんな人なのかなあって。

よしなが 現実だと女性の天皇って誰が最後なんでしょう?

久世 江戸時代の後桜町天皇だと思います。自分は未婚で、甥が幼いので中継ぎで立って、甥が大きくなったら退いて、という感じだったようです。

よしなが 江戸時代まではいたんですね。私の中で女性の天皇は「日出処の天子」の時代のイメージでした。権力も一緒に持っているようなイメージ。

久世 古代は天皇に政権があったので。帝の死後に、お后が女帝として立つパターンが多いですね。息子に継がせるために自分が中継ぎで入るみたいな。男子しか継承できないという決まりは近代以降なので、江戸を最後に女帝は立っていませんね。

──久世さんは、女性がトップに立つものを描く上で「ベルサイユのばら」のオスカルの影響が強いとおっしゃっていましたね。

久世 ものすごく影響を受けていると思います。あと、「大奥」の家光が大好きで。家光の影響もすごいです。

よしなが そ、そうなんです!? 家光は、結構ヤバい人ですけども。

久世 荒々しさとかわいらしさの同居っていうのがすごく好きで。「日出処の天子」の厩戸皇子もそうですよね。オスカル、厩戸皇子、家光っていうのが私の好きなキャラの流れです(笑)。どちらかというと、女帝が好きというより、恋愛の主導権は自分が持つ、みたいなことが好きなんですよ。「ベルばら」では最初の告白はアンドレからしていますけど、本告白はオスカルからなんですよね。ベッドに自分から誘うし。

よしなが 私もあれは画期的だと思います! プロポーズしたってことですもんね、自分から。

久世 アンドレが先にモノローグで「契りたい」と言ってるんですけど、声には出していなくて。何も考えていないと思っていたオスカルが「アンドレ・グランディエの妻…に…」って言ったときの読者の感情の爆発って……! ああいうふうに主導権を持つ女性が好きですね。家光も、主導権を持っているのがいいなと。

よしなが あ、なるほど!

久世 カッコいいなと思うのと同時に、女性が主導権を持っても、ちゃんと読者はときめくんだなというのも感じられて。壁ドンとか顎クイとか男性に主導権を持たれるシチュエーションでときめきを描くことはありますけど、その逆でも女性はときめくことができる。女の人が位の上のものを書くときは、そういう要素が私は好きだなと思います。

──よしながさんは、女帝を描くことに関していかがですか。

「大奥」3巻より。

よしなが 私は……もともと大奥ものが時代劇として好きだったんですけど、悲しい場所だなと思っていて。悲しいし、よろしくないわ、こういう場所はと。それで、大奥が男の人だらけのほうがもっと不条理でよろしくないものだ、とはっきり描けるのでそういう設定にして。殿様の思いが別の人に行ってしまうとか、そこで起こることも、男の人で描くと、より悲しく描ける。もちろん、本当は女の人も悲しいんですよ。そこで悠然と構えられるのができた女だというようなプレッシャーがあるので、悲しみを見せないだけで。でも男の人にすると、もっと悲しさがわかりやすい。そうすると、必然的に女の人がトップにくるな、というくらいの感じですかね。基本的に無理に女の子っぽくしたりはせずに、歴史上の人物造形を変えないで、そのまま女の人の体に入れちゃう、というやり方で登場人物たちを作ってきていて。実際の家光も、若いときは辻斬りが趣味だったみたいなんです。

久世 そうだったんですか。

よしなが お母さんと仲が良くなくて精神的に不安定だったんじゃないかな。将軍になってからはきちんと勤めを果たしたんですが。そういう家光を、そのまま女の子にして描いたほうが、自分でキャラを考えるよりも幅が出て面白いかなと思ったんです。自分ひとりでファンタジーで考えていたら、こういうキャラは思いつかなかったと思います。

「大奥」4巻より。

久世 史実のままの家光を、女性に変えるだけなんですね。

よしなが そうですね。やったことにどういう理由をくっつけるか、というのが創作の部分になりますけど。吉宗は本当に肉食系男子だったっていうこともあるので、じゃあ肉食系女子で、とか。変えなくても意外としっくりくるのが面白い発見でした。綱吉も女だから子供を産めないということをダイレクトに自分の体で感じますけど、男の綱吉もたぶんつらかっただろうなと。子供をほとんど作れない人だったのだと思うんですけど、女さえ若ければ子供はできるだろう、と50歳になっても60歳になっても期待され続けるというのは、それはそれでしんどかっただろうなと思います。

「アンドレが好きです」(よしなが)「毛人が好きです」(久世)

──先ほど久世さんから「ベルばら」の話が出ましたが、よしながさんはアンドレが最初に萌えたキャラクターだそうですね。それ以降、「いろんなマンガにアンドレを探す旅」が始まった、と以前雑誌のインタビューでおっしゃっていました。御園くんは、アンドレに近いところがあるのでは?

よしなが ああなるほど! ……でも御園くん、いい人だし、優秀だからなあ(笑)。あと割と最初から両思いでしょう。帝は、ちゃんと御園くんのことを好きじゃないですか。私、報われない人萌えというか、片思いの人が好きなんです。

久世 (笑)。アンドレを探しているんですか?

よしなが はい。アンドレ的な立ち位置の人を(笑)。自分のマンガの中でではなく読者としてですよ。「エイリアン通り」のセレムとか、「マリオネット」のナギとか……金髪の人の隣にいる黒髪の人ですね。あと「銀河英雄伝説」のキルヒアイス。もう黒髪ですらないですけど(笑)。だんだん範囲が広がって、主人公の幼なじみであればいいみたいな。少年マンガだと幼なじみで夢を応援してあげるみたいな立ち位置の人が結構出てくるんですよね。で、重要なのが主人公に嫉妬をしないで「損得抜き」で応援することです。そしてどこまでもへなちょこな人が好きですね。あ、でも自分の書いたキャラで唯一好きなのがいるとしたら小早川千影ですかね。「西洋骨董洋菓子店」に出てくるんですが。

久世 ちいですか! ああ、確かにだめですね……(笑)。

よしなが ああいうキャラは、一生に何度もは描けない飛び道具ですけど。女の子でもああいうキャラが割と好きなんです。「ドンガラガッシャーン!きゃあ、ごめんなさい!」みたいな(笑)。千影が納豆をこぼしたときに、ご主人様である橘のほうがそれを拭いてあげている、っていうのを描いたんですけど、そのときに、「すごく好きだ、こういうの……!」って初めて自分のマンガで思いました。

久世 私、まだ自分の描いている中でこういうキャラが好きっていうのはないですねえ。

よしなが ね、なかなか自分で描いているとないですよね。

久世 人のマンガだとああこのキャラ好きっていうのはあるんですけど。

よしなが 描ける人もきっといると思うんですけどね。自分の好きなキャラをそのまま紙に落とせる人もいらっしゃる。番子さんはどういうタイプのキャラが好きなんですか。

「パレス・メイヂ」2巻より。

久世 ……「日出処の天子」の毛人です。

よしなが わー、大好き! ちゃんと御園くんと似ている気がする!

久世 人間臭いんですよね。

よしなが はい。

久世 厩戸皇子にあそこまで言っておいて、最後に布都姫を選ぶっていう……。

よしなが 毛人のあの普通っぽさがね。厩戸皇子っていうあんな美形がいるのに、やっぱり本物の女がいいよなっていう。

久世 皇子にあそこまで好きだ毛人って言われるのに断ってしまう、その普通っぽさと異常さ。

よしなが 当時、周りはみんな皇子のことを好きだったので、中途半端に皇子の手をとって崖から突き落とすような真似をする毛人に非難轟々で。でもいつもね、「少女マンガの王子様にはなれなかったけど、毛人は普通の人のできる限界まではがんばったんだよー」って私は言ってました。苦難を乗り越えて皇子の手を取って、そして2人で歩いていくのが少女マンガの王子様なんですよね。でも毛人は、王子様にはなれなかったんだよね……普通だったの、どこまでも。だから好きなんですけど。でも! そこら辺にいる普通の男の人として考えれば最大限にいい人だったんだと思うんですよ。皇子みたいな大きい欠落を抱えた人間を癒せる人っていうのは、まずいないと思います。お母さんに愛されなかった人の、お母さんの代わりになるっていうのは、自分の人生を丸投げしてその人を愛することのできる人だけですから。毛人はそこまで思ってはいなかったんですよね、皇子のことを。

久世 そのことを、毛人はちゃんと皇子に言う。言っちゃうんだよな、こいつ……!と思いました。言わずに「すみません、皇子!」って逃げればいいのに。

よしなが 御園くんも、そういう普通っぽいところが好きです。超人的なところはないじゃないですか。

「パレス・メイヂ」カラーイラスト

久世 イケメンじゃないし、頭もそんなによくないし。

よしなが この先どういう展開かはわからないけれど、馬に乗って御上をガッと横抱きにして「世界の果てまで行こう」みたいにさらっていくキャラではないと思うんです。

久世 でも、ネームに詰まるとそれをやりたくなるんですけどね。

よしなが (笑)。

久世 それぐらい、つらいです。

よしなが でも、一読者としては先が楽しみです、すごく。

よしながふみ「大奥(13)」 / 2016年4月28日発売 / 724円 / 白泉社
よしながふみ「大奥(13)」

日本の江戸時代とは似て非なる物語。男子のみが罹る謎の疫病により男子の人口が急速に減少し、時の3代将軍・家光も病没してしまう。春日局は家光の娘を密かに「将軍・家光」に仕立てあげ、男女が逆転した大奥を完成させた。その業病も11代将軍・家斉の治世に完全に撲滅。世は再び男が支配する世に戻ったかに見えたが、13代将軍には再び女の家定が立つことに! 逆転大奥は復活!? そして時代は激動の幕末へ──!

久世番子「パレス・メイヂ(5)」 / 2016年4月20日発売 / 463円 / 白泉社
久世番子「パレス・メイヂ(5)」

明慈帝が建造した壮麗なる宮殿「パレス・メイヂ」。御園子爵家の公頼は、結婚させられそうになっている姉を助けるために、帝に仕える侍従職出仕として宮中で働くことに。しかし宮殿に君臨する今上帝は、美しき女帝・彰子だった。宮中での勤めを通して、2人は次第に心近くなっていく。5巻では2人の関係を揺るがす大事件が勃発……!?

よしながふみ
よしながふみ

ボーイズラブ作品「月とサンダル」でデビュー。テレビドラマ化された「西洋洋菓子骨董店」などヒット作多数。「大奥」で第5回センス・オブ・ジェンダー賞特別賞、第10回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第13回手塚治虫文化賞マンガ大賞、2009年度ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞、第56回小学館漫画賞少女向け部門を受賞。現在は「大奥」と「きのう何食べた?」を連載中。

久世番子(クゼバンコ)
久世番子

1977年生まれ。2000年デビュー。「暴れん坊本屋さん」などのエッセイコミックの連載で人気を博す。「パレス・メイヂ」は著者にとって久しぶりの少女マンガ連載作品。「神は細部に宿るのよ」もKiss(講談社)にて連載中。