コミックナタリー PowerPush - Nemuki+

眠れぬ夜の奇妙な話、ネムキ、そしてNemuki+へ「百鬼夜行抄」今市子が自作と雑誌との出会いを語る

ヘタレな律は自分を投影した人物

──「百鬼夜行抄」の主人公・律のキャラクターはどうやってできたのですか?

当時いちばん描きやすいタイプだったのかな。特に正義感があるわけでもなく、いいやつでも悪いやつでもない、怖がりな人。その辺にいそうな人。

主人公の律。

──主人公に特徴がないほうが描きやすいというのはちょっと特殊な気がします。

私は勧善懲悪ものが描けなかったんですよ。自分の中で絶対的な正義の定義というものがなかったのかもしれない。しょせん私も、怖がりで卑怯なダメなやつという自覚があったんで。

──律はご自分自身の投影でもあるんですか?

そうですね。ヘタレでもいいじゃないかって言いたかったんです。ホラーの定石では、ヘタレはいちばん最初に死ぬ人ですけれども(笑)。いちばん自分を投影しやすい、近いキャラクターというか。ヘタレだからいちばん最初に殺される、死ななきゃいけないっていうのも、なんだか読み飽きちゃったかなと思って。

──ご自分の投影ならば、主人公を女の子にしなかったのはなぜですか?

そのままだと生々しすぎるというのがあります。主人公というのは自分に似ているけれども、もうちょっとこう自分の理想の形にしたいじゃないですか。女の子だと自分の嫌なところばかりが出てきそうな気がして。女だとできないことが男だとできるってあるじゃないですか。一応律はヘタレながらも理想に近いヘタレなのかもしれないです。

律と開は描いているうち、似ていることに気が付いた

──律の周りのキャラクターのこともお聞きしたいのですが、まず龍の姿をした妖魔・青嵐の創造の秘密を教えてください。

気まぐれに律を守護する妖魔・青嵐。

まず蛇か龍かと思ったんですが、蛇は嫌いなので(笑)。で、龍かなと思ったんですが、龍って怖いものとか、強いものとかの象徴ですよね。それでいてちょっと間抜けなところや面白いところもあるというものが創りたかったんです。

──律の従姉妹、司ちゃんや晶ちゃんはどうでしょう。

司ちゃんはきれいなのに傷があるというギャップ萌えでしょうか。晶ちゃんは、当時好きだった女優さんなんかをモデルに描いています。

──律の伯父にあたる開さんの登場は衝撃的でした。律と開さんの関係を教えてください。

開は描いていくうちに出来てきたキャラなんですね。律と開は描いているうちに、このふたりが似ていることに気が付いてしまいました。開の中には、「本当はなっていたかもしれない律の姿」と「こうはなりたくない律の姿」が共存しているんです。

──ものすごくたくさんの親族が出てきますが、どうしてこんなに親族が多いのでしょうか?

私の実家が親戚付き合いをよくする家だったからかもしれないです。ただ田舎だとどう繋がっているかわからない親戚って多いですよね。それだけ多いと全然似てない人もいるし……。何度聞いても覚えられない親戚っていませんか? そういうのが当たり前だと思っていました。あとで考えてみれば、律の家は実家の家族構成とほぼ一緒なんだなあと気が付きましたね。

──どの程度設定を決めてあったんですか? 読み切りから始まり、いまや20巻超えと巻を重ねていますが……。

だんだん延びていきますよね。実は律のお父さん方のほうとか、あっち側にも親戚がいるはずだーとか。水脈さんの7人の子供の子孫とか。本当は律には、いとことかもっといるはずなんです。あんまり先のことは考えてなかったですね。当時長くなればいいなとは考えていたんですが、せいぜい4、5冊までいけばいいなとも思っていました。

──編集さんとはあまり展開を決めていなかったんですか?

今市子

1年くらいのスケジュールの話はしましたけど、編集さんとはあまり先のことは話さなかったんで、当時どう思っていたんでしょうかね?(笑) 一応、“百鬼”とタイトルをつけちゃったので100匹くらい妖怪が出てくればいいのかな? くらいにしか思ってなかったですね。

──そのタイトルはどうやって決めたのですか?

「百鬼夜行図」という絵がありますよね、たぶんあそこらへんからきてるんじゃないかと思います。言葉面が好きだったというか、字面が綺麗じゃないですか、すごく。それにざっくりそういうタイトルにしておけば、あとでいろいろ増やせるかなと(笑)。

絵の具のチューブ“ひとりひとり”に神様が宿っている

──なるほど。また名前についてですが、他家から嫁や婿に入った人物以外の登場人物の名前が律、司、伶、開などと、全員1文字の理由を教えてください。

1文字の名前はすごく純粋なものというか、物事の原点でそこからいろいろ生まれてくる気がするんですよね。素数とかと似ていて、純粋で強い感じがしています。

──一方、青嵐、赤間、尾白と尾黒、猫のアカなどと、因縁のある妖怪や飼ってる動物が色の名前なのはどうしてですか? 割とはっきりした対比する色ばかりです。

律の式神である尾白と尾黒。

あ、それはいま、指摘されるまで気が付いていなかったです。名前は意識して付けていないですね。でも昔から色の付いた絵は描いていたので。そうですね、なんとなく、チューブひとつひとつには神様が宿るみたいなイメージがあったのかもしれません。

──え? そこをもっと詳しくお願いします。

絵の具のチューブがあるじゃないですか、あのそれぞれの色のチューブにきっとひとつずつ……、いや、ひとりずつ魂が宿っていると思うんです。絵の具って昔、色で値段が全然違ってたんですよ。それで色にもランクがあるようなイメージがなんとなくあって。バーミリオンとか高いので、魂のランクも高い、みたいな……。そうですね、たぶん無意識にそういうイメージがあったんでしょうね。

──お米1粒に7人の神様が宿るというのは聞いたことがありますが、絵の具に神様は初めて聞きました。

わたしも初めて自覚しました(笑)。だけど宿ってる気がしません? なんとなく。絵の具とかカラーインクのひと瓶がすごく愛おしくなりませんか? グラデーションに並べ変えたりして。

「Nemuki+(ネムキプラス)」2013年5月号/ 2013年4月10日発売 / 570円 / 朝日新聞出版
創刊号ラインナップ
  • 今市子「百鬼夜行抄」
  • 波津彬子「雨柳堂夢咄」
  • 川原由美子+伊咲こゆる「マカロンムーン」
  • 伊藤潤二「シリーズ魔の断片」
  • 榎本ナリコ「時間の歩き方」
  • 諸星大二郎「竹青」
  • 篠原烏童「1/4×1/2(R)」
  • TONO「コーラル―手のひらの海―」「しましまえぶりでぃ」
  • 岩岡ヒサエ「星が原あおまんじゅうの森」
  • かまたきみこ「王の庭」
  • 魚住かおる「当たって砕けろ!! 悪霊退散」
  • 松本英子「謎のあの店」
  • 未知庵「未知庵のきなこ体操」
  • 劇団イヌカレー「ポメロメコ」
  • 原作・花本ロミオ 画・篠原正美「―圏外―」
  • 蒔々「宵闇の空に踊る」
今市子(いまいちこ)

4月11日生まれ、富山県氷見市出身。東京女子大学文理学部卒業。森川久美らのアシスタントを経て、1993年にコミック・イマージュVOL.6(白夜書房)にて「マイ・ビューティフル・グリーンパレス」で商業誌デビュー。1995年よりネムキ(朝日ソノラマ)にて「百鬼夜行抄」の連載を開始。妖怪が見える主人公をテーマに、シリアスな話もコミカルかつユーモラスに読ませてしまう巧みな手腕で人気を博している。同作は2006年に第10回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。2002年にはドラマCD化、2003年と2006年には舞台化、2007年にはTVドラマ化されている。ボーイズラブ作品も多く、花音(芳文社)にて「あしながおじさん達の行方」や「楽園まであともうちょっと」などを連載した。また10羽以上の文鳥や十姉妹と暮らす愛鳥家であり、ペットの文鳥を描いたエッセイマンガ「文鳥様と私」も執筆している。