コミックナタリー Power Push - 原泰久「キングダム」

祝10周年!春秋戦国大河ロマン これまでの軌跡を1万4000字で振り返る

「ファルファル」の誕生秘話

──個性的なキャラクターたちについてもお伺いしていきたいのですが、お気に入りのキャラというと?

僕、媧燐が大好きなんですよ。

──強烈な巨乳の武将ですが(笑)、史実にはいない人物ですね。

楚の武将・媧燐。

登場する戦いの場面にいたのがゴツい大男2人だったんで、バランス的に女のほうがパッと頭に入るかなと思って女性にしたんですけど、出てきたのは2人に負けないおかっぱの大女という(笑)。もう見た目だけで成功したなと。バミュウという副官がセットになってるんですけど、この2人はいくらでも会話させられるっていうか、転がしやすいです。媧燐は勝手にどんどん育っていきそうな気がしますね、王騎と似たような空気があるなって。王騎と騰も、同じようにいくらでも動かせるセットの2人だったんですけど。

──騰といえば「ファルファル」という効果音がとても特徴的ですが、あれの由来をずっと伺ってみたくて……。

よく聞かれるんですけど、なんでだろうなあ……(笑)。「ロード・オブ・ザ・リング」の2か3で、正気を失ってる王様が出てくるんですよ。彼が剣をグルグル回してるアクションがすごく面白くて、それが最初だったような気がします。効果音は適当だけど、「クルクル」だと変だなって。

──「クルクルじゃなんか変だから、ファルファルかなあ」と?

「ファルファル」という効果音とともに敵を斬っていく騰。

ですね。「ル」だけ残ったんだと思います(笑)。本当にノリというか、原稿しながら瞬間的に描いてたりするので、理屈じゃないから面白いのかもしれないですね。

──騰は西洋的な外見ですね。

外人の設定です。たぶんシルクロードから流れてきたんじゃないかな。よく見ると髭がギャグですけど(笑)、カッコいいですよね。

──ほかにビジュアルがお気に入りの人物は?

桓騎のカラーカット。

桓騎は好きって言われることがすごく多くて。デザインは好きなんですけど、描くのが大変なんですよね。髪の毛もめんどくさいし、ほかのキャラよりすごく時間が掛かります。

──以前インタビューでお話ししていた、女性のほうが描くのが得意でおじさんが苦手というのは、今でも変わらないですか?

最初は本当におじさんが苦手で、井上先生の「リアル」でおじさんがどう描かれているかをこっそり研究したりしてました。昌文君とか、最初やたらおでこのシワが多すぎて、逆に今のほうが若いみたいな変な感じになってるんですけど(笑)、そうやってるうちに描くのが楽しくなってきて、今はおじさんを描くほうが楽ですね。

昌文君のカラーカット。

──昌文君って何歳なんですか?

6、70じゃないですかね。

担当編集 70代はないでしょう(笑)。

70はないか(笑)。

──キャラクターの年齢は厳密に決めていない?

アバウトですね。政は何歳で死んだって記載があるんですけど、生年が史実的に残ってるキャラってあんまりいないんですよ。年表でここまで名前が出てきてるなとかをある程度基準にして、あとは登場人物のバランスを見て上下に振り分けています。

──キャラの年齢の幅が広いから、幅広い読者が読める作品になっている面もありますよね。

お陰さまで、結構年配の方にも読んでいただけているな、という実感はあります。

──私は女なのでつい女性キャラに注目してしまうのですが、最近は羌瘣のまつ毛が増えてどんどんかわいくなってきていて「いいぞ!」って思います。

羌瘣のカラーカット。

はははは(笑)。かわいくしてこうとは意識してますね。出番が少ないときは、特にいつもより増してるかもしれません(笑)。

──「キングダム」は女性キャラが守られるような存在ではなく、前線で戦っているのも特徴ですよね。

女の人が前線で戦うって、一番ギャップがあるじゃないですか。でも元はどこだろうって考えたんですけど、ジブリは「(風の谷の)ナウシカ」も「(天空の城)ラピュタ」も女の子が戦いますよね。あと安彦良和先生の「アリオン」にも、セネカっていう男の格好してる女の子が出てくるんですよ。貂はまさにセネカの影響を受けてたんだなって、後から気が付きました。もっと言うと手塚治虫先生の「どろろ」も一緒ですよね。

──「リボンの騎士」もそうですね。

女の子が生きていくために男装する。そういうのが小さい頃から自分の中に入ってたんだと思います。でも貂は、本当は軍師になる予定はなかったんですよ。成蟜戦が終わった時点で、家で待機してるか王宮で政のそばにいるぐらいに僕は思ってたんですけど、担当さんだったかデザイナーさんだったかに、「貂を出してよ」「軍師だったら出せるでしょ」って言われて。そこは僕にしては珍しく、初めて外からの意見で予定を変更したところですね。さっきも言った通りキャラも逆算して作っていくんで、貂がもともと軍師になるキャラだったら出だしからちょっとそういう要素を入れていたと思います。なので辻褄を合わせるために、昌平君の学校に行かせることにしたり。

飛信隊に軍師として加入した貂。

──今や、貂がいなかったら信はどう戦っていたのか、と思ってしまうほどの大きな存在感があります。

そうですね。彼女がいなかったら羌瘣が作戦を立てるか、もしくは別の参謀が出てたんだと思いますけど。いまや想像できないですね。

家族がもたらす作品への影響

──原さん自身が投影されているキャラクターはいるんですか?

これっていうのはいないですね。

──みんな客観的な目で見ている。

はい。僕の願望だったり願いっていうのはキャラを通してにじみ出ているとは思いますけど。特にこのキャラっていうのはないですね。

──連載10年の間に、ご自身も結婚されてお子さんが生まれて、という生活の変化があって、それが作品に出ているところもあるのかな、と勝手に思っていたんです。蒙武と蒙恬の親子関係とか……。

蒙武を守ろうとした蒙恬は、楚軍総大将・汗明の前に飛び出してしまう。

作品に出ているのは間違いないと思いますけど、親になったから急に変わった、ということはないかもしれません。どちらかというと僕と僕の父の関係があって、蒙家の親子の話があるのかな。

──ご自身からお父様へのリスペクトが反映されている?

そうですね。やっぱりこの歳になると、みんな親への感謝を感じるようになってくると思うんですけど。また、自分が親になってという話だと、子供が死ぬ場面はあんまり描きたくないなっていうのはやっぱりあるかもしれないですね。

──民衆が殺戮されるシーンとか……。でもまったく出てこないわけではないですよね。それはやはり必要であれば、描かなくてはいけないからでしょうか。

ええ、そうですね。極端に避けても変になるし、っていうのはありつつも。でもやっぱりつらいので、あんまり大きくは描けないです。

──母と子、の関係もしっかり描かれているなと思います。40巻で、向が太后を同じ母親として怒るところには涙させられました。

政に感情をぶつける太后。

ああ、あのあたりは、いつも身近で見ている妻の、母としての姿が出ているところもあるかもしれないですね。親になるとそれぞれの言い分があるんですよね。どっちも言ってることは全否定できないというか。

──40巻では、政と太后の因縁の関係についに決着がつきました。非情な母だった太后が、我が子への思いを抱くようになるのは大きな変化でしたね。

あれも僕の願望というか、太后に光を与えたかった。ただの悪い人じゃないだろうっていうのはあったんですけど。40巻で太后が政に感情をぶつける表情とかは、読み返しても好きですね。「よく描けた」と思ってます。

原泰久「キングダム(41)」発売中 / 555円 / 集英社
原泰久「キングダム(41)」

中華制覇への大いなる一歩、秦国内の統一を果たし、互いの夢に向けて更なる決意を固める嬴政と信。そんな中、大国・楚では、国を揺るがす大事件が……。そして、趙への進軍を命ぜられた飛信隊の目の前に現れた驚愕の友軍とは……!?

原泰久「キングダム 公式ガイドブック 覇道列紀」発売中 / 977円 / 集英社
原泰久「キングダム 公式ガイドブック 覇道列紀」

「キングダム」公式ガイドブック第2弾!これまでに登場した全キャラクターや各エピソードを解説するほか、原による裏話、週刊少年ジャンプ2013年24号に出張掲載された「キングダム」の読み切りも収録。原とケンドーコバヤシ、いきものがかりの水野良樹による対談2本も収められた盛りだくさんの内容だ。

「週刊ヤングジャンプ」9号 発売中 / 330円 / 集英社
「週刊ヤングジャンプ」9号
掲載ラインナップ

空えぐみ「天野家四つ子は血液型が全員違う。」/ 迫稔雄「嘘喰い」/ 二ノ宮知子「87CLOCKERS」/ 吉村拓也「神様のハナリ」/ 原泰久「キングダム」/ 佐藤カケル「グラビアトリ」/ 笠原真樹「群青戦記 グンジョーセンキ」/ 岡本倫「極黒のブリュンヒルデ」/ 野田サトル「ゴールデンカムイ」/ 本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 五十歳」/ 稲葉そーへー「しらたまくん」/ 作:貴家悠、画:橘賢一「テラフォーマーズ」/ 原案:貴家悠&橘賢一、漫画:フォビドゥン澁川「てらほくん」/ 小野祐平「TELECASTIC GIRL」/ 石田スイ「東京喰種トーキョーグール:re」/ サンカクヘッド「干物妹!うまるちゃん」/ 二宮裕次「BUNGO-ブンゴ-」/ 原作:柴田ヨクサル、作画:蒼木雅彦「プリマックス」/ 杉戸アキラ「ボクガール」/ 稲葉みのり「源君物語」/ 山本隆一郎「元ヤン」/ 松原利光「リクドウ」

原泰久(ハラヤスヒサ)

6月9日生まれ、佐賀県出身。2003年に週刊ヤングジャンプ(集英社)の新人賞・第23回MANGAグランプリにて、「覇と仙」が奨励賞を受賞。同年ヤングジャンプ増刊・漫革Vol.36に掲載の「金剛」で、デビューする。週刊ヤングジャンプ2006年9号から「キングダム」の連載をスタート。同作はアニメ化やゲーム化も果たしており、2013年には第17回手塚治虫文化賞の大賞に輝いた。