コミックナタリー Power Push - 原泰久「キングダム」

祝10周年!春秋戦国大河ロマン これまでの軌跡を1万4000字で振り返る

春秋戦国時代なら自由に描けると思った

──会社を辞めてからは、マンガはイチからのスタートだったんですか。

はい。ずっと福岡にいたので、飛行機に乗って東京へ行き、3日間で12誌の編集部に持ち込みをしました。それでヤンジャンの今の担当さんが拾ってくださったんです。

──その頃から中国ものを?

そうですね。時代は「キングダム」と同じ春秋戦国時代だったんですけど、当時は仙人をテーマにした、ちょっとファンタジー路線でした。

「キングダム」のカラーカット。

──これまで一貫して歴史ものを描かれていますが、そもそもそれはどうしてなんでしょうか。

もともと小さい頃から大河ドラマとかが好きで、中学のときに「独眼竜政宗」を見たり、マンガ「赤龍王」を読んだり、司馬遼太郎作品にハマった世代で。自然に歴史に興味を持つようになったんですね。日本史も、幕末の話を読み切りで描いたりはしてたんですよ。ただみんなが知ってる時代だと、自由がきかない面もあって。

──制約が多い。

「これは史実と違う」とか言われちゃうとつらいなと。「三国志」と「項羽と劉邦」が大好きだったんですけど、その前の時代を描いたものがないなあと思っていたんです。まず「史記」にあたったときに、まっさらな状態で読んだので、自由にイメージできたのが本当に楽しかった。「赤壁の戦い」とか言われると、すでにイメージが固まっちゃってるじゃないですか。でも春秋戦国時代は行間が自分で自由に考えられたので、いいなあと思いました。でっかい戦場が描きたかったのもあって、ぴったりだなと。

──「キングダム」の連載前にも、李牧が登場するものであるとか、春秋戦国時代の読み切りをいくつか描かれていますね。

仙人のアイデアはいつの間にかなくなり、「キングダム」の前身となる、政と信の子供時代の読み切りを描いてましたね。もともとは政を主人公としか考えてなくて、信は引き立て役みたいな感じで、あまり重要には考えていませんでした。

──それがどういう経緯で、信が主人公の形に?

担当さんに「信が主人公でも大丈夫ですよ」と言われたのが決め手でしたね。確かに悩んではいたんです。戦場を描きたいのに、政が主人公だとどうしても王宮の話が中心になってしまうので。信を主人公にすれば、歩兵の前線から描けるな、と。だから信の顔は、最初あまり華がないんですよ。

──原さんがアシスタントを務めていた井上雄彦先生にアドバイスをもらい、信の目を大きく描くようになったというのはよく知られているエピソードですね。

井上先生に言われるまでは、僕の中では信の顔なんてまったく問題になってなかったんですよ。話をどう面白くするか、ネームばかりにエネルギーを使ってて。「ストーリーはもういいから、とにかく信の目だよ」と言われたから「えっ!?」と驚きました。

──政のほうが目力があって、主人公っぽい顔立ちではあります。

1巻の信(左)と4巻の信。

僕の作品は読み切りでもなんでも、基本はこっちのタイプの顔が主人公ですね。羌瘣だったり貂だったり政だったり。井上先生の指摘を受けて信の目をハッキリ描くようになって、周りの絵にももう少し気を配るようになりました。背景とかもひと通り、ちゃんとキャラが見えるようにしたり。それまでは完成原稿を「できた!」ってボンボン送ってたんですけど、終わった原稿も「ちょっと待て」って見直して、もう1回丁寧に仕上げるようになりました。変わったのは4巻くらいですかね。それまではほぼアンケート最下位みたいなこともあって、さすがに掲載順が最後になったときは「あ、ヤバい」と思ったんですけど、井上先生のアドバイスを受けて実践してからは、アンケートもグッと跳ね上がりました。

史実をねじ曲げたことはない

──「キングダム」は作中に「史記」の記述がそのまま出てきたりもしますし、史実に準拠して作られていると思うんですが、逸脱したことはないんでしょうか。

ないと思います。記載があるものをねじ曲げることはしないように、できるだけ気を付けてます。ただ史実に記載がないものは、「そうだったかもしれないよね」という感じで自由に描いていて。羌瘣が女なのも「『史記』に男とは書いてないよね」というスタンスです。

──史実に男と書いてあるものを女にしたらねじ曲げだけれども、ハッキリしないことなら自由にアレンジしていると。

そうですね。

──絶対史実に則る、と決めているのはなぜなんですか?

劇中では「史記」の記述がそのまま使用されることも。

えーとですね。「史記」は残っている文献がもう本当に少なくて、年表の1行とかしかないから、すごく貴重なアイテムなんです。「この戦争けっこうハチャメチャだな」って描いていても、ラストに「○○死す」とか「○○勝利す」というように原文を載せれば重みが出てくるので、そこを骨子に物語を作ってますね。

──「『史記』ではこうだけど、こういう展開にしたらもっと面白いのに」って思いつくことはない?

基本はないですね。「史記」ありきで考えています。

──キャラクターの服装や建築物など、文化・風俗のあたりはいかがですか。

最初の頃は遵守しようとしてたんですよ、文官の頭の冠の形とか、いろいろ調べたんですけど……僕は歴史家じゃないし。専門家も人によって言うことがバラバラで「~と言われている」という感じで、曖昧なんですね。なのでもう、そこにこだわる必要もないのかな、と。調べるといろいろ縛りが増えて窮屈になってきて。例えばこの時代は、髭を生やしてないと罪人、っていう文化の時代ですけど、みんなが髭を生やしてて結ってっていうのもマンガ的にどうなのかなと。僕は中国の歴史そのものを描きたいわけじゃないですから。ある種、設定を間借りしているというか。

──間借り?

あくまで僕が描きたいのは戦う人間のドラマで、「完全なる歴史ものを読んでる」って思われちゃうと、僕の中で読み手との距離が遠くなるんですよ。そして僕も入っていけなくなってしまう。そこで「厳密に考えすぎるのは1回やめよう、必要最低限のことだけやろう」と思って。

世界各国で刊行されている「キングダム」の単行本。

──じゃあ町並みや服装なんかは、ほとんど創作なんですね。

そうですね。一応中国に取材旅行に行かせてもらって、当時のお城の復元を撮影させてもらったのをベースにしたりはしてるんですけど。でも中国映画の「三国志」とか「レッドクリフ」とか見ても割とあり得ない格好してるんで、「こんくらいやっていいのか」って思いました(笑)。

原泰久「キングダム(41)」発売中 / 555円 / 集英社
原泰久「キングダム(41)」

中華制覇への大いなる一歩、秦国内の統一を果たし、互いの夢に向けて更なる決意を固める嬴政と信。そんな中、大国・楚では、国を揺るがす大事件が……。そして、趙への進軍を命ぜられた飛信隊の目の前に現れた驚愕の友軍とは……!?

原泰久「キングダム 公式ガイドブック 覇道列紀」発売中 / 977円 / 集英社
原泰久「キングダム 公式ガイドブック 覇道列紀」

「キングダム」公式ガイドブック第2弾!これまでに登場した全キャラクターや各エピソードを解説するほか、原による裏話、週刊少年ジャンプ2013年24号に出張掲載された「キングダム」の読み切りも収録。原とケンドーコバヤシ、いきものがかりの水野良樹による対談2本も収められた盛りだくさんの内容だ。

「週刊ヤングジャンプ」9号 発売中 / 330円 / 集英社
「週刊ヤングジャンプ」9号
掲載ラインナップ

空えぐみ「天野家四つ子は血液型が全員違う。」/ 迫稔雄「嘘喰い」/ 二ノ宮知子「87CLOCKERS」/ 吉村拓也「神様のハナリ」/ 原泰久「キングダム」/ 佐藤カケル「グラビアトリ」/ 笠原真樹「群青戦記 グンジョーセンキ」/ 岡本倫「極黒のブリュンヒルデ」/ 野田サトル「ゴールデンカムイ」/ 本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 五十歳」/ 稲葉そーへー「しらたまくん」/ 作:貴家悠、画:橘賢一「テラフォーマーズ」/ 原案:貴家悠&橘賢一、漫画:フォビドゥン澁川「てらほくん」/ 小野祐平「TELECASTIC GIRL」/ 石田スイ「東京喰種トーキョーグール:re」/ サンカクヘッド「干物妹!うまるちゃん」/ 二宮裕次「BUNGO-ブンゴ-」/ 原作:柴田ヨクサル、作画:蒼木雅彦「プリマックス」/ 杉戸アキラ「ボクガール」/ 稲葉みのり「源君物語」/ 山本隆一郎「元ヤン」/ 松原利光「リクドウ」

原泰久(ハラヤスヒサ)

6月9日生まれ、佐賀県出身。2003年に週刊ヤングジャンプ(集英社)の新人賞・第23回MANGAグランプリにて、「覇と仙」が奨励賞を受賞。同年ヤングジャンプ増刊・漫革Vol.36に掲載の「金剛」で、デビューする。週刊ヤングジャンプ2006年9号から「キングダム」の連載をスタート。同作はアニメ化やゲーム化も果たしており、2013年には第17回手塚治虫文化賞の大賞に輝いた。