コミックナタリー Power Push - 野田サトル「ゴールデンカムイ」特集

野田サトル×町山智浩対談

サバイバルにアイヌ文化に北海道グルメ 要素てんこ盛りな意欲作の裏側に迫る

登場人物の性的嗜好がおかしい(町山)

町山 先ほどひいおじいさんの話も出ましたけど、ほかにも実在の人物をモデルにしたキャラクターが登場しますよね。今ではすっかりお笑い要員ですけど、脱獄王の白石は、実際に監獄から何度も脱獄した白鳥由栄がモデルですか。

杉元が捕らえられた館に、関節を外し侵入する白石。

野田 ええ。モデルになった白鳥由栄が収容されていた網走監獄も実際に見学に行ったんですけど、脱獄している様子を再現した人形とかも置いてあるんですね。白石は今でこそ読者人気も高いですけど、当初はこんなキャラにするつもりはなかったんです。1回登場させた後、そのうちまた出そうかなくらいに考えていただけで。

町山 白石も女好きなキャラクターですけど、「ゴールデンカムイ」の登場人物ってみんな、性的嗜好がおかしいじゃないですか。殺されたくてウズウズしている殺人犯がいれば、定期的に女性を抱かないと男女の見境なく襲ってしまう男もいますし。そういう変態的なキャラばかり描くのって何か理由があるんですか?

野田 単純に変態が好きなんですよね。昔から猟奇殺人犯の本とかもよく読んでいて。振り切れた殺人鬼を動かすのって、やっぱり現代より開拓期のほうが都合がいいんです。現代だと犯罪捜査のテクノロジーが進みすぎて話が作りにくいと思います。名前を偽ったりしてもすぐバレるでしょうし。

定期的に女を抱かないと、男女の見境なく襲ってしまう不敗の牛山。

町山 でも不思議と、どのキャラクターも悪い奴とは思えないんですよね。

野田 単純に嫌な奴として描いてしまうと、一面的で面白みがなくなってしまうんじゃないかと思って。出てくるキャラクターは全員好きになってもらおうと思いながら描いています。だから愛着が湧いてしまって、いざというときに殺しづらいんですよね。

土方歳三

町山 金塊を巡っていくつものグループが対立していますけど、それぞれに正義や信念がありますからね。主人公の杉元は幼馴染の病気を治すために金塊を探してますけど、敵対しているグループも、報われない軍人のため、または新政府に与しない武士や先住民のために北海道を独立させて理想郷を作ろうとしているわけで、理想自体は悪いことではない。

野田 そういうそれぞれの正義っていうのが、読者に先の展開をわからなくさせる要素なのかなと思っているんです。あからさまに間違った考えのキャラクターを登場させると、予定調和の展開になっちゃう気がして。

読後感をよくして何度も読んでほしい(野田)

──型破りということで言うと、「ゴールデンカムイ」はシリアスなシーンの後に突然ギャグシーンが挿入されたりしますよね。

野田 シリアスなシーンが続くと「コレ面白いのかな」って不安になって、ぶち壊したくなっちゃうんです。そういう悪ふざけみたいなものが、いい感じのテンポを生み出しているのかもしれません。

リスの脳みそを嫌そうな顔で食べる杉元。

町山 杉元がリスの脳みそとか得体のしれないものを食べさせられているシーンなんて、まさにそんな感じですよね。

野田 あれは「MAN vs. WILD」っていうTV番組を見ていて思いついたんです。

町山 ああ、元軍人が砂漠とか熱帯雨林から、サバイバル技術を駆使して脱出するっていう。

野田 あの番組ってサソリとか芋虫とかを「栄養があるから」ってすごい嫌そうな顔で食べるじゃないですか。ああいう顔をマンガで描いたら面白いんじゃないかと思って。絵自体は自分で変な顔をしたものを写真に撮って、描いているんですけど。

町山 得体のしれないものを食べるときに、杉元が死んだ目になるのが面白いですよ。

「ゴールデンカムイ」カラーカット

野田 そういう変顔もそうですけど、読み終わったあとに「面白かった、もう1回読みたいな」と思ってもらえるような、読後感のいい作品にしたいんです。映画なんかもそうだと思うんですけど、やっぱり観ていて楽しくなれる作品って何度も観る気になるじゃないですか。僕はシリアスで悲しい映画ってどんなに完成度が高くても一度でもうたくさんなんです。

町山 杉元一行は今、網走刑務所に向けて旅をしていますが、今後もこういう独特のテンポで物語が進んでいくと。

野田 直線で行ったらすぐに着いてしまうので、その土地土地で獲れる獲物なんかを食べながら、できるだけ回り道な旅をさせていこうと思っています(笑)。

野田サトル「ゴールデンカムイ(5)」発売中 / 555円 / 集英社
野田サトル「ゴールデンカムイ(5)」
作品紹介

息を吐くように殺す!! 脱獄死刑囚にして殺人鬼・辺見が見初めたのは…不死身と呼ばれた元軍人・杉元。彼を殺りたい。殺られたい。辺見の歪んだ殺意と愛情が杉元一行に降り注ぐ……。そして、土方歳三の暗躍、第七師団内部の抗争!! 急転! 二転三転四転五転!! 試される大地・北海道で金塊を求め激突する正義と大義の第5巻ッ!!!!!!

野田サトル(ノダサトル)

北海道北広島出身。2003年に別冊ヤングマガジン(講談社)に掲載された読み切り「恭子さんの凶という今日」でデビュー。2006年には「ゴーリーは前しか向かない」で、第54回ちばてつや賞ヤング部門大賞を受賞する。2011年から2012年にかけて週刊ヤングジャンプ(集英社)で「スピナマラダ!」を連載。2014年より同誌にて連載されている「ゴールデンカムイ」は「コミックナタリー大賞 2015」「このマンガがすごい!2016」オトコ編でそれぞれ2位を獲得している。

町山智浩(マチヤマトモヒロ)

1962年生まれ。アメリカ在住の映画評論家。TBSラジオ「赤江珠緒 たまむすび」の火曜日放送にレギュラーとして出演しているほか、週刊文春(文藝春秋)などでコラムの連載を持つ。MP3ファイルのダウンロードショップ「映画その他ムダ話」では、映画について語った音声ファイルを有料配信している。