浅野いにお|あの頃の自分を綴った「ソラニン」から、“今”を描いた「零落」へ

続編は“僕の想像する30代”

──「第29話」のストーリーの構想は、以前からあったんでしょうか?

いや、描き出すまでほぼ決まってなかったですね。

「ソラニン」の「第29話」より。

──本編では23、4歳だった芽衣子が、「第29話」では今の浅野さんと同世代の30代半ばになっています。この年齢の設定も考えていなかった?

実際に連載当時から10年以上の月日が流れているので、それだけ時間が経った設定でやろうと思ってはいました。最初は3、4ページの予定だったんですよ。芽衣子が街を通り過ぎていく、くらいのイメージだったんですけど、いざ描き出したらけっこうページ数がかさんじゃって。芽衣子やビリー、加藤、みんなのその後は自分の頭にあったから、描かないと気が済まない感じになっちゃった。

──すごく前向きな内容で、当時の読者は漏れなくグッときてしまうと思います。

本当ですか?(笑) でも僕自身も、描いてよかったなと思ってます。「ソラニン」は種田という男が死ぬ話ですけど、10年くらい経ったら、芽衣子たちの中から種田の存在がほぼ消えてる、忘れてるだろうな、と思っていて。それを描けたのがよかった。やっぱり死んだ人は徐々に忘れられていくものだから。

──忘れる……心の中に存在が残っていても引きずっているわけではなく、あくまで前に進んでいくというか。

そう、人生は続いていくから、引きずり続けるわけにはいかない。「ソラニン」は僕の中で一番売れたマンガだから、批判もその分多かったんですよ。主人公格を殺すって安易っちゃ安易だし、お涙頂戴のテンプレみたいなもので。もちろん僕もそのことはわかってたんですけど、その中にも別の切り口を持たせたかったんです。死んだことによって何かがすごい変わるとか、それが感動につながるとかじゃなくて、ただ1人の人間が死んだ事実があるだけで、日常は過ぎていく、みたいな感じを描きたくて。でも当時、「感動しました」とか「勇気づけられました」っていう感想をやっぱりもらって。「俺は、君が何に勇気づけられたのかわかんねえよ」って思ってました(笑)。

浅野いにお

──(笑)。本編でも、種田が亡くなった直後に芽衣子が悲しみに暮れて茫然自失とする、というわけではなく、淡々と日常が続いていく感じが描かれていますもんね。

そうなんです。“いい話”というつもりで描いたわけじゃないんだけど、伝わりきらないものってあるんだなって。その忘れられていく感じを今回の読み切りで補填できた気がするので、描いた意味があったと思いますね。人によっては蛇足に感じるんでしょうけど。当たり前にただ10年が経った。それだけが描ければよかったんです。

──本編では「東京には魔物が潜んでいる」と嘆いていた20代の芽衣子が、「第29話」では年相応に成長した30代半ばの女性になっていますが、彼女の思考に、同じだけ歳を重ねた浅野さん自身の考え方の変化を投影しているところもあるんでしょうか?

「ソラニン」より、OLとして働く日々に疑問を抱く芽衣子。

そうですね。20代の自分を思い返すと、若かったなという感覚があるし、でも別に黒歴史というわけではない、いい思い出という距離感になっているので、そういう感じはモノローグに入れています。ただ「ソラニン」のキャラクターってあくまで一般人というか、バンドをやっていた時期もあるけど普通に就職していったから、今の僕自身とは違う環境に置かれてる人たちなんですよね。だから「ソラニン」の10年後は、共感できる部分もあるけど、今の自分とはちょっと違う感じなんです。「第29話」では新たに生きる指針を得た30代の芽衣子を描きましたけど、僕はそういうところとはまったく違うところにきているので。この続編は、“僕の想像する30代”みたいな感じになっちゃってます。

──出発点は一緒だったけど、いつしか違う道を行った友達のことを描くような感じでしょうか。

そうそう。最近の友達を見ているような感じで、自分とは違うな、と思いながら描いていました。

「プンプン」始めたら“メンヘラ御用達”になって(笑)

──ダ・ヴィンチ2010年5月号(メディアファクトリー)で「デビューしてから思い描いてきたものは『ソラニン』で描ききってしまった」と話していましたが、「ソラニン」の前後でマンガ家・浅野いにおのスイッチが切り替わったところはあるんでしょうか。

浅野いにお

大きくありますね。自分の実生活で感じたことを描く、というやり方でデビューのときから「ソラニン」までずっとやってきたんですが、若かったから、等身大の20代の若者を核にすると全部「自分の夢を叶えるにはどうしたらいいんだろう」っていう話になっちゃうんですよ。「ソラニン」を終えて、それはもうこれ以上描けないというか、飽きたし自分の引き出しの少なさをすごく感じたんですよね。モチーフになるような出来事が自分の実生活に何も起きなくても、マンガを描けるようにしないと、職業としては続けられないなと。だから続く「おやすみプンプン」は、僕の実生活とは何も関係がないところで描くようにしました。

──「ソラニン」でついたファンを、バッサリと切り捨てることになるかもしれないのは怖くなかったですか?

うーん……。読者に期待してたんですよね。ガラッと切り換えても、きっとみんなついてきてくれるはず、と思ってました。でもやっぱり読者層は変わりましたね。継続して読んでくれた人ももちろんいるけど、「ソラニン」は好きでも「プンプン」はダメとか、その逆もあって。きれいに方向転換しすぎちゃったんだなって思います。

──真逆といえるくらい違う作風ですもんね。「ソラニン」は爽やかな青春ものですが、「おやすみプンプン」は主人公のビジュアルをひよこのようにするなど、マンガ的な表現への挑戦的な姿勢が目立ちましたし、鬱々とした心理描写が注目されやすい作品でした。

描いてるマンガによって、その時々でかなり作家としての自分の説明のされ方も違うんですよね。「ソラニン」のときは、若者の心情を爽やかに描く浅野いにお……だったのが、「プンプン」始めたら“メンヘラ御用達”になって(笑)。でもそれを経験したから、今後さらに変わっていっても怖くはない気がします。

「おやすみプンプン」より、愛子。

──開き直れたというか。実際「プンプン」では、若い読者が増えましたか?

年齢層がさらに一段階下がって、ハタチ前後になりました。「プンプン」のヒロインの愛子ちゃんは、今でいうところのメンヘラキャラなんでしょうけど、やり始めたときは“メンヘラ”って言葉はメジャーじゃなかったんですよ。

──確かに10年前には浸透してなかった印象です。

僕も途中で「これって“メンヘラ”なキャラクターなんだ」って気付いて。みんなが思っているメンヘラってこういうことかな、こういうのに魅力を感じるのかな……って、寄せていった感じなんです。

──さっきも読者へのサービス精神という言葉が出ましたが、そういう読み手に歩み寄るというところは普段から意識されているんですか。

浅野いにお

自分が面白く感じることは最重要なんですけど、人に読んでもらってるから描くのであって、人に喜んでもらえるようにとは思ってます。「プンプン」が終わってから「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」を始めて、自分の中で面白いと思えるもの、かつ最も今の世相に受け入れられるであろうものを描いたつもりなんですけど、結果として、一番売れてない。俺、ズレたんだな、という感じがあって(笑)。

──そうなんですか。「デデデデ」は東京に侵略者が舞い降りてくるというSF的な世界観で、これまた「プンプン」からの振れ幅は大きいですよね。

やりがいはすごいあるし、1巻を出したときに「こんなに時代に合ったマンガはない!」と思ってたんですけど……意外と結果はしょっぱかったです。作品の方向性は変えられないので、自分のやる気を出すには別のところにモチベーションを感じないと、続けられなくなっちゃって。それ以降は読者そっちのけで画面にディテールを詰め込みまくることに執着するとか、別のイラスト仕事であるとか、そういうところでバランスを取って続けてます。描くのはすごい楽なんですけど、自分の中でちょっと無理してるなってところはありますね、「デデデデ」は。

──楽、なんですか? ものすごい描き込み量だし、ストーリーの設定も複雑に思えるのですが……。

「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」より、小山門出と中川凰蘭。

取材はほとんどしないし、セリフなんて、すらすらと浮かんできます。「ソラニン」のときはキャラと自分が近いから「俺は絶対そんな言葉しゃべらないしな」みたいな葛藤が多くて、とにかくセリフを考えるのが大変だったんですけど、「デデデデ」は僕の言葉じゃなくてあくまでキャラクターのセリフだから、揺らがないんですよね。でも続けていくうちに、だんだん「自分は本来『デデデデ』を描くようなマンガ家だったんだろうか」っていう疑問がつきまとってきて。もう1個別のマンガもやらないと、バランスがとれなくなると思ったんです。

──それで始めたのが「零落」だったんですか?

そうですね。描けるタイミングが来たので、「デデデデ」を長めに休んで、一気に集中して描きあげるつもりで始めました。

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浅野いにお(アサノイニオ)
浅野いにお
1980年9月22日茨城県生まれ。1998年、ビッグコミックスピリッツ増刊Manpuku!(小学館)にて「菊池それはちょっとやりすぎだ!!」でデビュー。2001年、月刊サンデーGX(小学館)の第1回GX新人賞に「宇宙からコンニチハ」が入選、翌年より同誌で「素晴らしい世界」の連載を開始。2005年から2006年にかけて、週刊ヤングサンデー(小学館)にて連載された「ソラニン」は、バンド経験を持つ作者によるインディーズバンドのリアルな心理描写で人気を博し、2010年に映画化もされた。そのほかの代表作に「おやすみプンプン」「うみべの女の子」など。2014年からは週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」を連載中。