コミックナタリー PowerPush - 甘詰留太「いちきゅーきゅーぺけ」

世紀末マンガサークル青春譚 甘詰留太、憧れの山本直樹と1990年代を語り合う

知識の絶対軸がないのは、寂しい(山本)

──甘詰先生はサークルのみなさんと、マンガに関する議論はされました? 「いちきゅーきゅーぺけ」の中では、そういう描写もありますけど。

作中には、サークルの仲間たちが当時の作品について語り合うシーンがたびたび登場する。

甘詰 議論というか……若い頃だから、「俺はこいつよりも頭が良い!」というところをなんとかして見せなければいけないという気持ちがあって。

山本 あるね、そういうの。

甘詰 だから別冊宝島(宝島社)とか、現代思想がどうのこうのというような本を読んで、単語だけは覚えておいたりとか、そういうことをしてましたね。「ああ、ソシュールね、わかるわかる」なんて言ってみたりするような(笑)。だから議論というより、マウンティングっていうんですかね。じゃれあいでしたよ。

山本 マウント合戦ね。

甘詰 そういう要素を入れると嫌味な感じになってしまいそうなので、「いちきゅーきゅーぺけ」には描いてないんですけど。

山本 でもそういうことをやるために、いろんな本を読むようになったからね。「わけのわからない本を読んでやろう」とか「難しい本をちゃんと読もう」というモチベーションはそこから湧いてくる。で、読んだことがあとで役立ったりもして。僕は少し特殊なんだけど、評論に引っ張られてマンガ家になったようなところがあるし。橋本治さんの文章とかね。だからそういう、知識の絶対軸みたいなものがないのは、ちょっと寂しい気がしますね。

──山本先生は大学在学中にニューアカ全盛期ですよね。

山本 そうですね。ニューアカの人たちだと、浅田彰には行かなかったけど、柄谷行人は好きだったな。今でも好き。特に「探求I」は赤ペンだらけにして読みました。

「いちきゅーきゅーぺけ」カット

──そして、甘詰先生の大学時代は、ニューアカのブーム自体は終わって、でもまだ影響力は若干残っていた頃。

甘詰 そうなりますかね。それこそニューアカが終わったあたりから、ひとつの知識体系があって、そこにコミットするかどうか……みたいな話がなくなったような。体系化された知の道を突き詰めていけば、どんどん知が蓄えられて、自分が大きくなれる……というようなモデルが、崩壊してしまった。マンガもそうした流れと、無関係でもないなと思います。昔は知らないことがあれば、恥ずかしいから勉強したんですけど、今は自分の興味がないものは知らなくても問題ない。他人とコミュニケーションをとるにしても、コンテンツがいっぱいあるし、別の誰かとは別の話題ですぐ繋がれるから大丈夫……みたいなところはあるのかもしれない。教養的なものに何の価値も置かれない時代になったというか。

山本 甘詰さんは教養的なものを見ながら育ってきたんだな、と。ものの見方が近い感じを受けますよ。勉強は大事だよね。って、そういいながら、学校以外の勉強ばかりしてた人たちだ(笑)。

「知らないことを知りたい」というのが教養主義(山本)

甘詰 学校の勉強という意味では、僕の場合、大学では本当にしませんでしたからね。でも「いちきゅーきゅーぺけ」の連載が先に進んだら、携帯電話を出そうと思っているんです。そこでコミュニケーションが活発になっていくとか、今と違う時代が、今と繋がっているということを描写したい。それを知ると、過去と現在の繋がりを意識できるかなと。そうした一連の作業を続けるということが、教養を受け継がせるということなのかな、と少し考えているんですよね。知らないことを知るということの楽しさを伝えたい、といいますか……。

「いちきゅーきゅーぺけ」カット

山本 それだよね。「知らないことを知りたい」というのが教養主義なんだ。勘違いされがちだけど、教養ってのは知識の量の問題じゃないの。

甘詰 例えばある事件とある事件の影響関係だとか、自分たちが遊んでいるゲームが出てくるまでの発展や制作者同士のつながりといったものを意識して、世界を広げていくことが楽しいと思えれば、全然違うジャンルのものに触れたときも知識に対する欲望が湧いてくるんですよね。「いちきゅーきゅーぺけ」はそういう作品になるといいなと思っています。

──オタクってもともとはそういう、知識欲にあふれた人のことでしたよね。

甘詰 そう。僕らの世代は知識をどれだけ蓄えているかが大事で、オタクのやりとりというのは、知識の交換だったんですよ。

山本 あと、歴史を遡る人たちだったよね。音楽とか、遡って聴くじゃない? 「ロックを好きになればブルースを聴く」とか。そういう知識の貪り方をしてたよなあ。

甘詰 ですね。自分の中に一度何かの知識を入れておくと、それが発酵して、もっと知りたいという欲望が出てくるもんなんですよね。だから、若いうちはサボらず、なんでもいいから入れておかないと……。でも、僕も若い頃、上の人たちからこういうことを言われてたんですよね(笑)。

──ははは(笑)。でも、あらためて語っておくのは大切なことだと思います。知識は繋がるところが面白いんですよね。

山本 そう。森山塔と山本直樹が同一人物だと知って驚くとか、大事な経験だったでしょ?

甘詰留太

甘詰 はい。「キミの名を呼べば」に「BLUE」の影響があるとかも、知った方には楽しんでいただけるのではないかと……でも、山本先生には、本当に申し訳ありませんでした!(笑)

山本 いやいや。むしろどんどんやってほしいですよ。それを見て、次の人が違うマンガを描くんですから。

甘詰 じゃあ、もうひとつ。自分でもこれまで意識していなくて、今日気づいたんですけど、「極めてかもしだ」のかもしだくんの目元と、「ナナとカオル」のカオルの目元が似てるな、と……。

山本 本当だ。でもそもそもかもしだの目は、望月峯太郎さんの「バタアシ金魚」から影響を受けてますから(笑)。望月さん、超上手いと思って。真似できないから、目だけね。そういうのも系譜ですからね。逆に、系譜のないものって信用できないですよ。

甘詰 「自分はなんの影響も受けてない」とか言う人って、ダメですよね。若い人は、そういう物言いがカッコよく見えるのかもしれないですけど。

山本 そういうことを言う人に限って、類型的だったりするしね。僕は、これまでの系譜を受けとって、その上でめちゃくちゃやるのがロックでしょ、みたいに思ってるから。系譜の見えない人たちは、どのジャンルでも、あんまり信用できない。

──「いちきゅーきゅーぺけ」がきっかけで、「BLUE」を手に取る人もいるんじゃないかと思いますよ。

山本 ありがたいですね、そうなると。

「レッド」が終わったらエロに帰るつもり(山本)

──では最後にお2人の今後のご予定など。山本先生は大作「レッド」が、「レッド 最後の60日 そしてあさま山荘へ」として、ついに佳境に突入しておられますが。

山本 「レッド」が終わったら、エロに帰ろうと思っているんですよ。

甘詰 おお!

「いちきゅーきゅーぺけ」1巻は、純平たちがこれからコミケに行く場面で締めくくられる。

山本 いやね、そう言いながら、実は今も毎月描いてるんだけど、エロ(笑)。でも気分としては、「レッド」に出向中というところで。だから今心配してるのは、エロに本格的に戻れるようになったときに、エロが規制されてやしないかということ。そうなっていたら悪夢ですよね。「出向先から戻ったら机がない」みたいな感じ。そうならないことを願ってますよ。

──甘詰先生は、「いちきゅーきゅーぺけ」の展開はこれからどうなるんですか?

甘詰 連載では今、主人公の男の子がコミケに行っているんですけど、それが終わってから、彼は初めてちゃんとマンガを描きはじめます。そのとき、先輩のお姉さんに話を聞いてもらうことで、自分1人だとできなかった物語がスラスラと出てくるようになる。そういう、人に聞いてもらう、読んでもらうことで、自分の中から物語ができていく感覚を描けると楽しいかなー……なんてことを、今は構想しています。

甘詰留太「いちきゅーきゅーぺけ」1巻 / 2015年4月28日発売 / 648円 / 白泉社
あらすじ

物語は1994年。大学入学を機に上京した純平は、エロマンガが大好きなオタク予備軍の少年。マンガサークル入部で純平の本格オタク人生が幕を開ける♡甘詰留太の“半自伝的”青春コメディ!!

甘詰留太(アマヅメリュウタ)
甘詰留太

1974年生まれ。早稲田大学のマンガサークル「いじけっ子マンガ集団」出身の愛とエロのマンガ家。他の代表作に「ナナとカオル」「年上ノ彼女」「ハッピーネガティブマリッジ」など。

山本直樹(ヤマモトナオキ)
山本直樹

1960年2月北海道生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科卒。大学4年生の時に小池一夫主宰の劇画村塾に3期生として入門しマンガ家を志す。1984年に森山塔の名義で自販機本ピンクハウス(日本出版社)にて「ほらこんなに赤くなってる」でデビュー。同年、山本直樹名義でもジャストコミック(光文社)にて「私の青空」でデビューした。森山塔のほか塔山森の名義でも成人向け雑誌や青年誌などで活躍。1991年には山本直樹名義で発表した「BLUE」の過激な性描写が問題となり、東京都条例で有害コミック指定され論争になった。1992年、石ノ森章太郎が発起人となり結成された「コミック表現の自由を守る会」の中核として活発な言論活動を行いマンガの表現をめぐる規制に反対。その後も作風を変えることなく「YOUNG&FINE」「ありがとう」「フラグメンツ」など数々の問題作を発表した。早くから作画にコンピュータを取り入れ、生々しさをともなわない硬質な筆致から女性ファンも多い。その他の代表作にカルト教団の心理を題材にした「ビリーバーズ」、連合赤軍の革命ドラマ「レッド」など。また「分校の人たち」を、太田出版のWEB雑誌・ぽこぽこに連載中。